崔圭徹(チェ・ギュチョル)コラム:「国民の自尊心」を分かっているのか
サッカー・ワールドカップ(W杯)のポーランド戦の勝利で、韓国は、これまで傷つけられてきた自尊心を取り戻した。一晩中全国から湧き起こる熱狂は、その堂々たる態度の噴出であった。ところが翌日の政界では、サッカーの勝利が選挙戦に及ぼす損得を計算している。勝利が彼らの戦利品にでもなると思っているのだろうか。自尊心を取り戻した堂々とした態度を、目の前の選挙戦で見られないことはもどかしい限りだ。
地方選挙(6月13日)と大統領選挙(12月19日)の様相から、いくつかの流れが読み取れる。まず、相手へのむやみやたらの攻撃だ。税金と健康保険料をちゃんと払っているのいないの、低俗な言葉を自分に先に言ったの言わないの、などなど。声高に唱える数人の候補を見ていると、舞台ショーでも見ているような錯覚におちいる。日久月深(月日の長いことの意味で、ひたすら望むという意味)、彼らのただ一つの目的は「あいつは必ず落選させなければならない」というから、後遺症も大きくならざるを得ないだろう。
W杯の胸踊るドラマにひかれる関心をこちらに向けようと、ひぼう合戦に力を入れる姿は、何の効果も生み出さない。さらに地方選挙と大統領選挙運動がもつれ合っているために、し烈さは倍増する。悪口のレベルを超えた言葉であふれ、歯に衣着せぬ舌戦は、今回の選挙の見苦しい特徴である。選挙管理委員会が摘発した違反事例だけでも、一日100件の割合で、約5800件にのぼるというから、民主主義の韓国社会が支払わなければならない社会的コストは、あまりにも大きい。
庶民政策の虚と実
選挙戦のもうひとつの流れは、政派や候補を問わず、開口一声にかかげる「庶民政策」である。このような発想から、候補が幼い頃の苦しい時代を語り、庶民に近づこうとの一心で、以前に見られなかった言動を演出するのを目にすると、本当にあせっているのだな、とつくづく思う。正直に言って、今50代、60代のなかに、子ども時代に裕福な人がいるだろうか。国が苦しかった時代、本を包んだ風呂敷を腰にまいて、黒のゴム靴をはいて学校に通ったものだ。貧しさは恥ずべきことではないが、自慢することでもない。そもそも持ち出す話ではないのである。
彼らが言う庶民とは一体誰か。庶民でない人が誰なのか。ふつう韓国社会の指導層とは上位5%をさし、もう少し範囲をしぼって上位2%を中心層とみる意見もある。中心層2%は、政界で推定する約30万人の世論指導層とほぼ同じ数だ。各党派が掲げる庶民政策の対象で、彼らは除外されると考えよう。すると、庶民政策が狙う目標は、生活保護対象者なのか。行政機関に登録された極貧層の生活保護対象者は全国に70万世帯、約150万人だ。現在、全国有権者は、約3400万人である。一票でも大切な選挙で、誰をはずして、誰にだけ集中するというのは、賢明な得票戦略ではない。結局「庶民」とは、国民を政治的に表現したもので、庶民政策の対象は、国民であり有権者であるわけだ。さらに選挙シーズンには、すべての有権者が、自分を庶民と思うようになる。そう考えると、庶民政策というのは、鋭い内容があるのではなく、国民生活をより便利にするという得票戦略の一種のスローガンにすぎない。従って、庶民というオブラートで包まれた政策スローガンに、感動を受けることもなく、庶民うけを狙う候補者に、感激する必要もない。
権力腐敗に踏みにじられた自尊心
この席で、庶民が誰で、庶民政策が何であるかを明らかにするつもりはない。それよりも、庶民を対する政治家の心構えにひとこと言いたい。庶民は静かで慎重で温和で、そして素朴である。しかし、より重要なことは、庶民は一方で、率直で熱烈で峻厳で、そして自尊心が強いということだ。なかでも庶民の強い自尊心を考えなければならない。にもかかわらず、政治家は、何も考えず、庶民の自尊心を踏みにじっている。その代表的な例が、大統領の息子まで巻きこんだ権力の腐敗と不正である。権力層の誰よりも、政界の誰よりも権力の腐敗で国の品格が内外で墜落する時、心を痛めている人々が、まさに庶民である。その声のない激怒がわかっているのだろうか。また、庶民が、ひぼう・中傷政治にどれほど失望しているか理解しているのだろうか。荒っぽい言葉を使うことが庶民的と考えるなら、大きな間違いである。自尊心に劣らず大切に考える庶民の価値は品格なのだ。
ある主婦の読者が寄せたメールから、それゆえに腐敗を嫌悪することがうかがえる。「国の品格が墜落することに、自尊心を傷つけられた人が多いのです。お金のない庶民にも品格があります。品格のないお金よりは、最少限の価値を維持して暮らす庶民が多いのです。そして、庶民がついているから、これ以上評価を下げないでください」ある庶民の静かであり、かつ重い声だ。W杯の勝利の歓呼は、自尊心を取り戻そうとする叫びである。それが民心なのだ。
崔圭徹(チェ・ギュチョル)論説主幹






