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東ティモール独立 だが多難な前途

Posted May. 20, 2002 09:25,   

500年間近く、海外の侵略に苦しんでいた東ティモールが20日、21世紀の初の新生独立国家として誕生した。1524年のポルトガルによる植民地支配以来、478年ぶりの主権回復となる。

しかし、東ティモールの先行きはそれほど明るくないようだ。長年の内戦のしがらみの解決、破たんした経済の再建が容易でないためだ。

▲独立宣布〓東ティモールのプランシスコ・グタレス国会議長は20日午前0時、首都ディリのタシトロ広場で、コフィ・アナン国連事務総長をはじめ80余カ国指導者と住民20余万人が参加した中で独立を宣言した。

先月14日行われた大統領選挙で圧勝した東ティモールの独立英雄シャナナ・グスマオ氏が独立宣言の後、初代大統領に就任した。就任式に参加した住民らは式が終わった後も花火を打ち上げたり、松明行進をしたりするなど独立を祝った。

米国など27カ国と15の国際機構の代表らは14日、ディリで会合を開き、東ティモールで石油、ガスが本格的に生産される05年まで4億4000万ドルを支援することで合意した。

国連は東ティモールの国境警備、治安などを支援するため04年まで国連平和維持軍(PKF)5000人を駐留させることにした。

▲課題と展望〓何よりも、骨身にしみるほど深刻になっている住民間の積年の恨みをどう晴らすかが課題だ。

これほど住民間の反目が深刻になったのは、インドネシアによる支配時代、独立をめぐって激しい戦いを広げたためだ。ノーベル平和賞の受賞者であるカルロス・ベルロ司教が19日午前のミサで「独立を目前に控えた今日の私のメッセージは、平和、寛容、容赦だ」と語ったのもこのような理由からだ。グスマオ大統領は「和合」を主張しているが「断罪」の声も高いため和解は簡単でないとみられる。

国家経済は破たん寸前だ。1人当たりの国内総生産(GDP)が478ドルで世界20の最貧国の1つである。99年の独立に向けた流血事態のため、国の基幹施設はほとんど破壊された。生活必需品の工場もなく、首都の空港は旅客機2機がやっと離着陸できる規模だ。住民の大半は農業で生計を立てており、識字率は50%にも達しない。新生児2人のうち1人は栄養失調による低体重児だ。

PKFが撤退する場合、国防、治安も危うくなる。

インドネシア領西ティモールには6万人程度の東ティモールの難民がいる。彼らはインドネシアによる占領時、反独立民兵隊として活動したか、インドネシアに協力した人で、東ティモールの独立を受け、西ティモールに逃げた住民だ。

東ティモール政府は「受容・真実・和解委員会」を設置して、加害者と被害者の和解を仲介し彼らの帰国を勧めているが、難民の多くは被害者からの報復を恐れ帰国せずにいる。

一方、インドネシアは難民が独立宣言日以降も帰らない場合は、自国民とみなすと宣言し、2国間のあらたなかっ藤の元になる可能性も否めない。



河宗大 orionha@donga.com