この頃、わが国は全ての関心が大統領選挙に集中しているといっても過言ではない。似たり寄ったりの形で行なわれている与野党の大統領候補選挙と、非生産的としか思えない相手に対する攻撃的な発言を見ていると、民主主義に対する懐疑感すら感じてしまうほどだ。野党は、党首と大統領候補を分離して、帝王的党首の権限を弱めるべきとする、内部からの批判により、蜂の巣をつついたような騒ぎがあった一方、与党は、国民参加型の大統領候補選を行なうとして騒々しかったうえ、陰謀説まで持ち上がっている。一体「そこまでして大統領になりたいものなのか」と思ってしまう。
野党の党首の問題点として指摘された「帝王的」という修飾語も気になる。おそらく、絶対権力をふるうとの意味で使っているようだが、西洋の絶対君主ならまだしも、わが国の歴代の王たちは今の大統領よりも、はるかに権限が弱かった。とりわけ朝鮮時代の場合、王が密室にいながら、六判書(中央行政官署の長官)や三政丞(文武百官のうち最高位の首相級官職)を勝手に任命したりといったことはあり得なかった。三望(サンマン)といって、三人の候補者のリストが、現在の行政自治部の係長クラスで作成されていたが、そのリストは当代の知識人集団であった士林(サリム)の公論にもとづいていた。王にできることといえば、最終的にそのリストの中で最適の人物に点をつけることしかなかった。
世襲君主だった王たちは、本人の意思とは関係なく、幼い頃から王になるための厳しい訓練に耐えなければならず、王になってからも朝講(朝の講義)、昼講、夕講といって、一日三回行われる臣下の講義を聴かなければならなかった。この講議を受けず、むりやり権力をふるったりは行の動きをみせると、反正の対象となり、廃位となる運命が待ち受けていた。燕山君(ヨンサングン、朝鮮10代王)と光海君(クァンヘグン、朝鮮15代王)が、その悲運の主人公。
王に仕立て上げるための学問である帝王学は、聖学といって李珥(イイ、号は栗谷、朝鮮中期の学者、政治家)に至り「聖学輯要」として完成した。朝鮮時代に合った指導者学がまとめられたのである。この聖学を持続的に奨励した結果18世紀に至ると、君主であり師であるという意味の「君師」を自負する王が次々と現れた。肅宗(スクジョン、朝鮮15代王)、英祖(ヨンジョ、朝鮮21代王)、正祖(ジョンジョ、朝鮮22代王)が、いずれも帝王学の結果として誕生した学者君主である。彼らは君主として政界を、師として学界を全て総括した。
この、帝王たちが主力にした学問は、経学(哲学)と歴史であった。経学を学び、世相の真理と理を会得しては人間的価値を追求し、歴史を探求して国の興亡盛衰はもとより、人間の暮らしをうかがっては、世相の変わり様を見極めた。名分と実利、義理と不正、原則論と方法論、理想論と現実論を分別して、是非をはっきりと弁じるためであった。
一言で言って、人の使い方を学んだのである。指導者の資質のうち、人を上手に使うことが最高の能力であることは、古今東西変らぬ真理である。というわけで、人事は万事と言われるのだ。指導者は人材を見抜いて起用し、能力に従って配備しては縦横に道を開いて、働く環境と雰囲気をつくるだけで充分だと考えていた。
次に身につけたのが、バランス感覚だった。「蕩蕩平平」という言葉は、どちらにも偏らず公平にするという意味で、邪心があってはできないことであり、王の人格を修めることが前提にならなければならないことだ。18世紀の蕩平政策は、全ての者に機会を均等に与えて、公平な政治を図るということであり、君師を標榜した英祖と正祖によって進められた、という点に留意すべきだ。
正祖大王は、晩年に至り、王としての役目に忠実にしていなかったと、数回にわたり述懐した。君主としての役目に徹しようと、世孫(セソン、皇太子)時代には、着替えて床に就くこともできず、夜が明けるまで勉学に勤しんだ。王になってからも、臣下たちを督励するかたわら学問を修めた。常に、臣下よりも質素な衣食住を心がけた。このように、自分に厳しかったせいか、惜しくも49歳で没した。
果して、わが国の歴代の大統領の中で、これほど自らの身を省みず、全力投球した人がいたのであろうか。大統領の座は、決して楽しいものではなく、あまりにも大変だから辞めたい、ということを聞いてみたいものだ。
大統領候補は、幼い頃から指導者教育を受けたわけでもなければ、修己に徹して、人格を完成させたわけでもない。たとえ、泥仕合を繰り広げるようにして選ばれた大統領であるとしても、現代的な競演制度を設けて、立派な大統領にしていくのはどうだろうか。願わくは、朝鮮時代の王たちの半分だけでも勉強して、権力を乱用しない大統領、適材適所に人材を起用する用人術とバランス感覚を発揮できる大統領になってもらいたいものだ。
鄭玉子(チョン・オクジャ)ソウル大教授(国史学)、奎章閣館長






