今朝、手を洗うよ/この手でどれほど多くの人やテーブルを/どれほど多くの紙や本を汚してきたのか/反省しながら、手を洗うよ…持っているものを全部降ろして/一手に取れるきれいなものをたった一つだけ持っていけと言われて、友よ/盗んだ本を捨てて/汚れた紙幣も捨てて/濁った鏡も捨てよう/爪先まで黒くなった手を洗うよ/洗濯の岩が擦れるほど白く擦るよ/石鹸を使い果たしながら手を洗うよ・・・(ユン・ジェリムの詩「手を洗う朝」)
松の森が見える窓際で、詩人のユンさんの詩集「愛を逃した」を読みながら、一年の最後の日を迎えます。関係の整理のために、年末に名前を一つ一つ消しながら手帳を整理する人もいるそうですが、私の手帳には日増しに覚えておくべき名前が増えて、心配です。
暮らしにくくて10代のお子さんと無理心中を図ったところ、子どもは亡くなり、自分だけ生き残って刑務所から悲痛の心境で手紙を送ってきた中年の家長や、堕胎のために病院へ行ったが、心を変えて出産し、私にその赤ちゃんを養子として迎えてくれるように頼んできた未婚の母、悪いことばかりしても、自分のことを叱ってくれる人がいないから、「おまえは悪いやつだ」と自分のことを叱ってくれるように頼んできた高校3年生の少年、一家が破たんに陥ることを十分分かっていても不倫関係を整理できず悩んでいるという彼女、家族にご飯を用意してやりたくないほど無気力症に陥り死にたいとばかり言っているある主婦など、さまざまなことで私は毎日涙が止められない「悲しみの家」に住んでいるような感じがしました。
想像すらできないほど驚くべき出来事がたくさん起こって、祈るべきことがそれだけ多かったものの、祈とうがなんとなくうまく行かなかった今年を送りながら、自分の心にも、家にも、教会にもざんげの燭を取ってみます。
年末には修道院でも互いに罪を告白し、許し合う時間を持ちます。今日は部分的でありながらも、皆で告白し合ったらどうでしょうか。
(私たちは純潔ではありませんでした。)
きれいで純潔な美しさを夢見ながらも、私たちの目や耳や口をきれいで純潔に治めることができませんでした。感覚的なものにたんできすることが多く、内面の庭の手入れをおろそかにしました。自分とは関係ないことに対する好奇心、行き過ぎた成就欲、節制のない生活で日常の均衡を崩したことも少なくありませんでした。
(私たちは謙遜ではありませんでした。)
失敗したことについて十分反省せず、知らないことを知らないと言える謙遜さと勇気が乏しかったのです。感謝すべきことを思い出して喜ぶより、文句をよく言って、善意の忠告すら素直に受け入れませんでした。
(私たちは愛しませんでした。)
お互いに関心を持って見つめあい、相手の話を聞いてやる思いやりが乏しかったのです。人の短所をかばいつつ理解するより、辛抱弱い立ち振る舞いや言葉で人を傷つけ、時には行き過ぎた要求で周囲の人を悩ませました。
(私たちは平和ではありませんでした。)
人の苦痛や不幸を共感しようとせず、ただ見ている心には平和がなくて、苦しかったのです。平和は遠い所にある夢や理想ではなく、私たちがお互いに悔い改め、許しあい、分かち合うことによって、実らせるべき具体的果実であるのを新たに学んだ1年でした。
「その夜の夢が平和になるために1日を過ごし、老年の暮らしが平和になるために若い時代を過ごし、来世の暮らしが平和になるために老年の暮らしを過ごそう」というインドのことわざを毎日1回覚えながら歩んできた1年を送り、またありがたい気持ちで新年の坂を越えようと思っています。
同じ過ちを繰り返しても、再開できる希望があるので、私たちは再び笑うことができるのでしょう。
私の身の周りの整理はまだ不十分で/昨日やったことの後片付けも残ったが/突然入ってくるお客さんのように再び訪れてくる新年を、友よ/私たちはでも/戸惑いない喜びで迎えよう/私たちの狭くて狭い心には/広い海を入れておき/広い愛が波打つようにし/浅くて低い考えの中には/深い泉を入れておき、深い智恵が湧くようにしよう/生きているという祝福を共に抱え入れながら、友よ/新年には私たち、もっときれいな母国語できれいな話をして/きれいな祈祷をしよう・・・
(李海仁の「新年の初日の葉書」から)
李海仁(イ・へイン)釜山聖ベネディクド修道女会(詩人)






