冷戦終結後、米国は国際舞台で独歩的な国家であった。世界の政治、経済でも支配力を行使してきた。
歴史を振り返っても、今日の米国のような富と影響力をもった国はなかった。19世紀の大英帝国と違って、米国は戦略的敵国を持たなかった。経済的にライバルである欧州や日本も、米国の政治的パートナーだ。
ローマ帝国と違い米国は、領土的野心がないにもかかわらず、グローバルパワーの地位を占めている。このような米国の技術的水準と軍事力は、アフガニスタンで如実に証明された。
問題は、史上例のないそのパワーをどう使うかだ。米国内の一部の評論家は、21世紀においても国際舞台での米国の主導権を確固なものとするために、協力よりも力を好む、米国優先主義政策を強調している。
彼らは、最近、ポール・ウォルフォウィッツ(国防総省副長官)やリチャード・ポール(国防総省安保企画局長)などの米国政府高官らとともに、テロとの戦いをアフガニスタンからイラクやシリアなどの他の中東国家に広げなければならないと主張しており、ブッシュ政権の発足当初から、世界政策の根幹をなしてきた米国一方主義を支えるのに影響力を行使してきた。
9月11日以降、多くの外国の観測筋は、同盟構築と多角的な協力を必要とするテロとの戦いが、米国の世界観を変化させるものと期待した。そして、実際に数ヵ月間、米国政府は一方主義のトーンを下げた。しかし、アフガニスタンとの戦争が最終段階に近づき、これ以上同盟国とのパートナーシップの必要がなくなるや、米国一方主義者たちが、再び口を開きだした。
最近、ブッシュ政権は、72年に結ばれた弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約を一方的に脱退することを決めた。生物兵器禁止条約(BWC)の議定書草案の受け入れも拒否しており、国際刑事法の秩序を揺るがす軍事裁判も開こうとしている。これは、いかなる基準をもっても、正当化されることはできない。
ABM制限条約脱退は、分別のない決断だといえる。ロシアや中国と不必要な摩擦を生むだけだろう。たとえ仮想上の脅威があるとしても、米国内に弾道弾迎撃施設を早期に配置しなければならないという主張は、説得力がない。どの国が、たとえ「ならず者国家(Rogue State)」だとしても、米国に核ミサイルを打ち込んで、自ら破滅を招くようなことをするだろうか。
テロリストは、核ミサイルよりは、放射能物質が入った手さげカバンの大きさの核兵器を使うことだろう。このような脅威に対応するのに、弾道弾迎撃ミサイルの技術は、何の用も足さない。
さらに、ABM制限条約は、ミサイル防衛体制の研究まで禁じるものではない。米国は条約を脱退しなくても、核ミサイルの脅威への解決策を講じることができる。
生物兵器に関する決定は、より妥当性に欠ける。BWCは万病に効く薬というわけではない。厳しい査察体制によってこそ、生物兵器テロの危険性を減らすことができるのだ。
にもかかわらず、ブッシュ政権は、国際機関が米国の生物兵器施設を査察することを望まない。他の国の施設を査察するのはいいが、米国への査察は受け入れられないというのだ。
米国で起きた炭疽菌テロに使用された菌が、米軍の実験室で製造された変種であったにもかかわらず、米国は態度を変えなかった。要するに、米国の政策の基調は、国際主義ではなく、民族主義だ。
これは危険な先例となりうる。米国自身が、国際規範や体系、手続きなどの拘束から免れるなら、今後いかなる国家がこれに従おうとするだろうか。
第2次世界大戦以降、米国の指導者達は、力が責任を伴うと考え、強大国の地位は、より大きな責任を意味すると理解してきた。フランクリン・ルーズベルトやその継承者らは、安定と繁栄に寄与する多面的かつ制度的なシステムを構築して、実際に国益を効率的に追求した。
しかし、今日のブッシュ政権は、米国優先主義のはかない夢を追い求めて、そのような制度の根幹を揺るがしている。
ならば、米国がなおざりにしている世界経営に対して、責任を負う他の役者が必要だ。中東のような敏感な地域で、東北アジアや南アジアの声は制限的にしか反映されない。ここは欧州の出番だ。もし欧州連合が、これからの20年間、世界の新たな体制づくりに発言権を持とうとするならば、今が行動を一つに集結しなければならない時なのだ。
フィリップ・コルロップ(フランス、パリ第8大学教授)






