
精神科の専門医になる前、修練過程中の専攻医らは先輩や先生から「自分の精神分析を受けてみなさい」とよくアドバイスされる。精神科医は人の心や認識を操る職業だけあって何より先に「自分自身に対する認識」から明確にしておかなければならないためだ。
声楽家は自分の体が楽器なので自分自身の体を大事にすべきであり、同様に精神科医は自分への認識そのものが治療の道具だからこそ、精神科医の初患者は他ならない自分自身であって当然だ。そういうわけで精神分析治療を受けるのが強制条項ではなかったが、私は治療を受けることにした。
一週間に2回、私は患者として先生の診療室を訪れた。1回に50分も掛かる精神分析治療を一度も抜けずちょうど2年間通っていた。約200回、160時間あまりをもっぱら自分についての話をしたわけだから、私の心の病もかなり深かったようだ。
私が精神分析の治療を受けていた診療室の風景はちょっと妙だ。私と私の先生でもある精神分析医は一度も目を合わせないまま50分の時間を過ごす。患者の私はベッドのように長い椅子に横になり、精神分析医は枕元の方から少し離れて座る。私は2年間主治医がどんなポーズで座っていたのか分からない。
こうした変な配置も精神分析治療の古典的な原則の一つである。できるかぎり視野に何も入らない時、患者の心の奥に潜んである感情や考えが加減なくそのまま現われるためだ。
「医者の表情を見たら、私の話を聞いて情けなく思っているようで」、あるいは「あの医者は私の話がつまらないんだ」などのような考えが患者自身の自由な連想を妨げたり、時には診療室内の品物のため、無意識への深入りが難しくなるかも知れないためだ。
そういう影響を受けたせいなのか、私は世の中を見つめる視覚にも常に一定の「心理的に距離」をおかなければならないと信じている。
治療を受けていた当時、私はどうしてそれほど劣等感に悩まされていたのか、また、どうして人に認められたいという欲求はそれほど私を付きまとい、切り離そうとしても切り離されなかったのか、私は絶望に苦しんだ。
ある日は自発的に精神病棟に入院したいと言ったこともある。患者服を着て横になり、決められた時間にご飯を食べ、また相談時間になると誰かが来て私の話を聞いてほしいと思った。医者の心の中に燻っている患者的な本能をありのままで感じて認めた経験、それは私が心得た事の中で最も偉大な事だった。
また、それが現在精神科医として患者を理解し、治療する最も根本的なエネルギー源だと確信している。
「精神科には主にどんな人が訪れるのか」という質問をよく受ける。そう聞く人の心中には、以前私が持っていた考え、つまり「私と患者は質的に違う人間だ」という前提があるのかも知れない。
勿論、精神科にはストレスによる様々な兆候、例えば頭痛や不眠症、あるいは神経性胃腸障害などの身体的な症状を訴えて訪れる患者も多い。しかし、彼らを含め精神科を訪れるほとんどの患者は、生きる過程で失われた自分の本当の心を見つけに来る。
自分自身の本当の心に気づくこと、つまり「自分への認識」はありのままの自分を表すことから始まる。しかし、我々は自分を露わにすることより隠すのが美徳に見なされる、いわゆる「出る杭は打たれる」脅威の中で暮らしてきた。そういう脅威から柔らかい中身は隠れてしまった。
もはや本来の私の姿がどんなものだったのか、見当もつけなくなってしまったのかも知れない。そうすると、「私が私のことを一番よく分かる」という人たちの日常的な信念は果たして真なのだろうか。
私は最近、私の先生の診療室で再び精神分析治療を受ける患者に戻りたいという誘惑を強く感じる。「揺れ」を押し付ける季節の情緒のためなのか、あるいはまだまだ修練の足りない精神科医であるためなのか。10月の最後の日、まだ自分への認識が難しく感じられる精神科医の秋への短編的な感想である。
ジョン・ヘシン精神科専門医(精神科専門クリニック「心と心」の院長)






