全国教職員労働組合(全教組)所属の教諭らが昨日、学校を早退して集団行為を行ったのは正しい選択ではなかった。いかなる名分を掲げても、教師が教室を不当に離れることは生徒の学習権を侵害しているとしかいいようがない。
全教組の教諭らは同日、16の市道地区別に午前の授業を終えて、午後には集会に参加した。彼らは自立型私立学校制、教員の成果賞与金制など、政府の市場論理による教育政策が教育の正常化を害しているとして撤回を促し、今後強度の闘争を行っていくことにした。
どの機関よりも合理的で理性的であるべき教職社会が、すべてを力で推し進めようとする雰囲気になっているようで残念でならない。昨年は闘争するとして集団休暇届けを出したのに、今年もまた集団早退だと言うのだから、先生らしからぬ闘争方法に失望を禁じ得ない。
全教組は授業の時間や日程を変えて、授業数が減らないようにしたとしているが、学校と生徒に支障と混乱をもたらした。
普段、生徒たちに授業をさぼってはいけないと教えてきた教師が、平日に集団で早退するのは矛盾だ。生徒たちに目的のためには、手段と方法は重要でないという認識を与えかねない。教師らのこうした集団行為を理解している人がどれだけいるだろうか。
もちろん現政権の教育政策には問題が少なくないというのが一般国民の考えだ。およそ9万人もの会員を有している教諭団体として、当然問題提起するのはありえると思っている。
だが、全教組の立場は、競争原理をすべて排斥し、過度に教師中心に動いているようで残念だ。たとえば、自立型私立学校制は、学校間の競争を促して学校を入試地獄と化し、成果賞与金制度は教諭間の競争を通じて、教務室を荒廃化させると反対している。激しい競争原理で世の中が激変している中、競争なしにいかなる教育発展がありえるのか、理解できない。全教組の主張はすべてを現状のままにしておこう、という現実に安住しようとしてはいないか、聞きたいところだ。
教育において、最優先しなければならない主体は生徒だ。韓国教育も教育の需要者である生徒中心に切り替えなければならない。しかし、すべてを教師の見方で見れば、これは本末転倒もはなはだしいところだ。
こうした中、全国の教育大学が中等教師資格証の所持者を小学校教師に任用する法案に反対し、同盟休業の動きを見せていることも望ましくないことだ。教師や生徒は、こうした実力行使が問題を解決するよりは、さらに複雑なものにするという事実を認識しなければならない。






