与野党が検察の中立と公正さを確保できる案を議論することに合意したのは、検察に対する国民の不信が深刻な状態にまで深まっているという共通した認識から出てきた。与党の公式会議で、「腐った検察」という極端な表現まで出てきたことは、検察の腐敗と権力の存続がこれ以上放置し難い状況にいたったということを意味する。
検察改革の議論は、今になって初めて提起されたわけではないが、いつも議論だけにとどまり、実行に移されなかった。どんな政治権力であれ、検察を掌握することによる便利さを逃し難いがためだ。現政権発足以来、大統領直属の司法改革推進委員会が検察改革案を大統領に報告したことがあるが、その後これといった措置は取られなかった。今回は与党が先に検察改革を議論し、野党が積極的に受け入れた点で、議論のスタートが過去とは違い、関心を集めている。
検察改革の核心は人事制度にある。法務部長官、検事総長、大統領民政主席秘書官が協議し、検察の人事を行うということは、法曹界では周知の事実。こうした人事慣行を見直さなければ検察を権力存続構造から切り離すのは困難だ。
こうした人事慣行は組織の腐敗と深く関わっている。地縁、学縁などにとらわれた人事は相互けん制および検証の機能が弱まり、腐敗の温床になりやすい。地域、政派、学閥などに引きつられる人事を正す機能ができるとすれば、検察人事委員会制度の検討もそれだけの価値があるというものだ。
政治家だけで作られた国会の政治改革特別委員会で、検察改革が議論されては、まかり間違えば、政治の利害関係によって歪曲される恐れも大きい。こんな検察改革は尻すぼみに終わったり、政権交代が行われた後で再び過去に戻る可能性もある。市民、学界など各界各層の意見をまとめて、深度ある議論を行うべきだ。
司法改革推進委員会は2000年の報告書で、検事総長から独立した特別捜査専門担当部を設置し、政治事件や検察内部の監査を受け持ち、検察組織を政治影響や腐敗から遮断する案を建議した。司法改革推進委は、軍隊式に硬直した検事同一体の原則に例外を認め、主任検事異議制度を設けることを提案した。主任検事異議制度があったなら、李容湖(イ・ヨンホ)ゲートのように逮捕状を受けて証拠の書類まで押さえていた捜査が疑惑の中で中断されることはなかったことだろう。
いかなる改革の試みも検察の自発的な協力なくしては成功しがたい。検察は政界が検察改革を議論するようになった現実に恥じるべきだ。そして、国民の信頼を取り戻すという深い自省が切に求められている。






