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[オピニオン]消え去りつつあるものの大切さ

[オピニオン]消え去りつつあるものの大切さ

Posted September. 24, 2001 09:39,   

慶州(キョンジュ)での明け方の散歩は、鷄林(ケリム)の前にある東部の遺跡からスタートする。この日は草原いっぱいに朝靄がかかり、古墳が川に浮いた桃源郷のように見えた。トレーナーを着て散歩している人たちは半月城(バンウォルソン)に向かい、その裏側にある瞻星臺(チョムソンデ)に続く横道に入る。私だけの散歩道を探そう。瞻星臺の鉄柵を通って祭室を後にして、ずっと歩いていくと路地の入り口に「新羅造景」と書かれた看板が目につく。そこを通り過ぎて、紫色の朝顔が壁伝いに咲いている「瞻星臺旅館」を通って「慶州葬儀社」に出ると、「ワンソン会館」という看板が見えるが、そこには「ようこそ。ありがとうございます」と大きな字で書かれてあった。

駐車場の塀を横にして回り、雑草が茂っている横道に外れて「皇吾(ファンオ)古墳7道」に入ると、路地の入り口にある瓦屋根の塀の向こう側に橙色に熟れた柿が枝に重く下がっていた。隣の家にはイチジクとザクロも赤く熟れ、畑には熟した稲が頭を垂れて、秋は結実の季節だ。

路地の両側には家が軒を並べ、その家々の間には小枝のように細い横道があり、そんな路地の家々の玄関先にはネギやトウガラシ、マツバボタンを植えた発泡スチロールの苗床が置いてある。最近はよく見かけないが、私が子どもの時にはさまざまな色のマツバボタンがどの花園にも花の星のように咲いていたものだ。芙蓉が咲き乱れている塀を過ぎた突き当たりの家には、開かれた玄関のドアの隙間から庭と屋根が見える。瓦屋根には白い夕顔の花がまだ眠りからさめていないように花すぼみを閉ざしている。夕顔はカボチャと同じ科でありながらも格調がある。内向性の品とでも言おうか。ところで、干し台にはなんであんなに多くのタオルが干してあるんだろう。ジーンズも二つ干してあるが、黄色やピンクのタオルが10個も並んで干してある。下宿をやっているのだろうか。中から人の気配がしてその場を離れた。

「貸し家あり。お門い会わせ歓迎。電話742—xxxx」。古い玄関のドアに書かれた間違いだらけの字を読みながら、ふと前を見ると「水宮竜宮天女」という看板が目に入る。家の前には長い竹の竿がさしてある。ムダン(巫女のこと)の家だ。慶州にはまだムダンが住んでおり、こんな昔風の住宅街には「山神童子将軍」「世尊菩薩」といった看板をよく見かける。

竜宮天女の家を過ぎると、塀に張ってある二枚の紙が目につく。二枚とも犬の写真だった。頭にピンをつけた犬の写真はカラーで、「この犬を探しています」と書かれた題名の下には次のように書いてあった。「名前:エリ、品種:マルチス、白、性別:メス」。モノクロで印刷されたもう一枚の紙には、「探しています。どうぞお願いします」と訴えかけるような題名の下に次のように書かれてあった。「5年間家族の一員のように育ててきた子犬です。この小犬のいない一日がとても苦痛に感じられます。・・・」。小犬の主は電話番号を三つも書いて、小犬を失った主の気持ちがよく伝わってくる。エリの主は、路地のすべての壁に犬探しの紙を貼っていた。これに比べて私は情のない主人だったのだな。私も二年前に犬を失ったが、一日探しては、「どこかで長生きしろよ」と祈っては忘れてしまった。

左右に路地があるが、まっすぐ前に歩いて行くと塀に書かれた落書きが目に入ってきた。「シン・チョンフン、アホ、変態」。ずっと上がっていくと市内に続く大通りに出るようだったので、「回れ右」をして左の横道に入っていった。この路地もはやりまっすぐな道ではなく、ヘビのように曲がりくねっていた。向かい側の家の塀にも落書きがあった。「クォン・ドヨン、バカ」。シン・チョンフンよりはクォン・ドヨンの方がお手柔らかだ。

私がよく歩く散歩コースの慶州市皇吾洞は、都心にある住宅街だが、くねくねと入り乱れた迷路のような路地には産業化以前の純真な韓国の情緒がそのまま息づいている。画一化されたマンション文化は、私たちの心象まで硬直したものにしたが、皇吾洞の崩れかけた古墳に上って、先到山(ソンドサン)と皇南(ファンナム)大塚を眺めていると、乾いた土地に芽が出るように、忘れかけていた情感が生き返るようだ。所々に雑草や野菜が気ままに育って、だれも手入れしていないようにも見えるが、新築や改築も思いのままにできない文化財保護区域であるため自ずと低落してしまったのだ。

長期都市計画の下、市がこの地域の土地を買い入れるというのだから、数十年後には永遠になくなってしまうかも知れない、情感あふれる風景が大切に思えてくる。皇吾洞の迷路を愛するある建築家も保存を願っているが、財産権を行使できない住民たちの不満は大きい。以前、この街をいっしょに歩き回った後輩と「面白い」と楽しがっていたら、座っていたおじいさんに「なにがそんなに面白いのかね」とぶっきらぼうな声で叱られた。その環境に住んでいる者の現実と、散歩する者の見方にはこのように大きな隔たりがあるようだ。

姜石景(カン・ソックキョン、小説家)