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[社説]17年目にしてやっと明らかになった疑問死の真相

[社説]17年目にしてやっと明らかになった疑問死の真相

Posted June. 26, 2001 12:22,   

疑問死真相究明委員会は84年、青松(チォンソン)刑務所で死亡したパク・ヨンドゥ氏の死因が当時当局に報告されていた心臓麻痺ではなく、刑務官らの集団暴行によるものだったと昨日、公式発表した。パク氏は、服役者の人権問題を提起して刑務官からありとあらゆる拷問を受けた後、死亡したという。

この事件は、疑問死真相究明委員会が独裁政権の時の警察による拷問致死を確認した最初のケースだという点で、大きな意味を持っている。去年12月、ある刑務官の情報で調査が始まり、警察による同氏の無念の死と当局の事件隠ぺいの過程が明るみに出た。これは過去の韓国の悲惨な人権状況を物語ってもいる。

事実、同氏が戒厳軍に連行され、青松(チォンソン)刑務所で死亡するまでの過程は、とても国家権力による法の執行だとは思えない。同氏はならず者に見られるという理由だけで三清(サムチョン)教育隊に強制連行された後、陸軍監護所に移送されて軍事裁判所で懲役15年を言い渡された。その後、服役者に対する処遇改善を求めて死ぬまで拷問を受け続けたとは、あきれるばかりだ。

にもかかわらず、同氏を死に至らしめた4人の刑務官と責任者は、政権が数回入れ替わっても罪を問われていない。同氏が死亡した後、同僚の服役者が事件の真相を究明するために、刑務所で集団騒ぎを起こすなど、あらゆる手を尽くしたが、成果を得ることができず、警察も服役者の告発を無視したという。

独裁政権時の疑問死は同氏だけに限られたものではない。死因がはっきりとしないケースはもちろん、跡形もなく影を潜めた人も少なくない。彼らの遺族の必死の訴えで去年、疑問死真相究明委員会が発足され、73年当時安企部で死亡したソウル大の崔鐘吉(チェ・ジョンギル)教授事件など、およそ80件の疑問死に対する調査が進められている。

加害者を処罰できる時効は過ぎたが、独裁権力の人権侵害の事例を歴史に残すためにも、疑問死の真相を徹底的に洗い出さなければならない。そのためには、真相究明委の権限を強化する方向で「疑問死真相究明に関する特別法」を改定する必要がある。

まず、調査期間が差し迫っている。現在、事件の受け付けから6ヵ月以内に1次調査を終え、必要ならば、3ヵ月の延長を認めることとしているが、押収捜索権もない真相究明委が歴史の中に葬られていく事件を9ヵ月後に調査するというのは物理的に困難なことだ。