Go to contents

[オピニオン]片方の靴はいつ脱ぐのか

Posted June. 11, 2001 09:45,   

政治家と政治屋を分けるのは言葉のように簡単ではない。数多くの評論家がこの二つの違いを論じてきたが、誰でもうなずける答えを出した人はあまりいなかった。そのためか、「政治家とは結局成功した政治屋に過ぎず、すでに故人になった人」という皮肉っぽい話が、政治家と政治屋を区分する正解のようになっている。

一方、西洋では政治家をいたずらに余計な心配をする人であるかのように描写することも少なくない。表向きは大らかで豪快に見えるが、実際は気が小さく、悩み事の多い職業人に過ぎないというわけだ。「政治家とセールスマン」というけっこう広く知られているコントもこのような内容となっている。

あるセールスマンが田舎の旅館に入った。一晩だけ泊まると空き部屋があるかと尋ねたが、旅館の主人にきっぱりと断られた。2階に空き部屋一つがあるが、その下の部屋に著名な政治家が泊まっているので、貸せないというのだ。その政治家はちょっとした音にも眠りにつけないほど敏感で、最初から上の部屋を空けておくつもりだった、との説明だった。

その時間に別の宿所を探すのが困難だったセールスマンは主人に頼んだ。静かに寝て夜明けに旅館を出ていき、下にまで聞こえるほどの音は一切出さないと約束した。やっと主人を説得し、旅館に泊まることができた彼はこっそり部屋に入り、顔も洗わずに椅子のそばにしゃがみこんで営業実績から計算した。もちろん、鉛筆を置く音さえ出さなかった。

夜遅く計算を済ませたあと、眠りにつけようとしてセールスマンはうっかり大変なことをしてしまった。靴を脱ごうと力を入れたが、一方の靴が滑りながら床に転がっていったのだ。「しまった、政治家が目を覚ましたら、大変なことになる...」と心配しながら、彼は片方の靴を両手で気を付けて脱がせた。そして足先でベッドまで歩き、静かにシートの中に入って眠りについた。

2—3時間ぐらい過ぎてセールスマンはうるさくドアを叩く音に目が覚めた。ドアを開けてみたら、政治家がパジャマ姿で赤く充血した目で立っていた。驚いたセールスマンに政治家はため息をつきながら言った。「先生、いったい片方の靴はいつ脱ぐつもりなんだ。一方だけ脱いで片方は脱がないから、安心して眠ることができない」。

本物のようなこの挿し絵は、もちろん政治家を馬鹿にして嘲るために作られた話だ。余計な心配にさいなまれた変わり者が政治家であると、作家は言いたかったのだろう。しかし、私はこの話を違う見方で捉えたい。片方の靴までも脱ぐ声を聞かないと眠れないような政治家こそ、政治屋でない真の政治家と見るべきだと思う。

片方の靴を履き、寝心地の悪い人のことを懸念し、夜明かしする政治家、隣人の騒音を我慢して聞いて初めて安心して眠れる政治家が今我々に必要だと思う。ものをいう国民が多くなった時は安心でき、国民の声一つ一つにまで気を使う、敏感な政治家が望まれるという意味だ。

90年ぶりの今回の干ばつでも同じことを言える。空を見上げながらズタズタに裂けている国民の心を憂い、よく眠れない政治家がはたしてどのぐらいいるのだろうか。

干ばつの克復に努めるどころか、亀の甲のようにひび割れた野原を横切ってゴルフ場に行った与党のある幹部の振る舞いに、国民は言葉にできないほど侮辱され、裏切られたと思うだろう。

それだけでなない。古くて故障した車を買い替えるのは理解できるが、意志でも誇示するかのように、「2002」というナンバープレートを付けた政治家の話も我々を悲しくさせる。キングメーカーの役割を買って出ていた人が親の墓を王気が漂っているとされる縁起のよい場所に移したという話もしかりで、他ならぬ干ばつ非常時期に大統領選挙候補の世代交代を主張する政治家の意識も情けない。

このような政治家たちのせいで、干ばつの克復のために「金一封」を出した政治家のリストを見ても、我々は感動しない。数日間国会を休んで議員全員が干ばつの現場に駆けつけ、水を引く姿を示せばいざ知らず、彼らが果たして本気で国民のことを心配しているのか疑問である。

民心に気を使いすぎ、国民の声一つ一つに神経をとがらせる政治家、片方の靴はなぜ脱がないのかと問い掛ける政治家が今日、ほんとうに望まれる。