
日本経済が再び危機に陥っている。日本銀行が昨年8月、経済状況を回復状態と判断し、ゼロ金利を解除して6ヶ月たった現在、日本経済が再び危機状態に陥っているのだ。鉱工業の生産、輸出、失業率、物価などの実物経済指標は勿論のこと、為替レートや株価も連日のように新しい記録を更新している。
米国経済の減速に伴う輸出低迷、失業率の上昇による個人消費の滞り、不十分な情報技術(IT)革命などもその原因ではあろうが、より根本的な原因は中途半端な企業、金融の構造改革によって、経済環境が少し悪化しても再び「経済危機説」が浮上するのである。
最近取りざたされている日本経済の「3月危機説」の骨子も、「日本の都市銀行が増加した不良債権のため、3月決算の際、国際決済銀行(BIS)の自己資本比率基準を満たし難くなり、企業への貸出金を回収する可能性が高く、これに伴う信用梗塞現象が発生すれば企業の大量倒産につながり、実物経済の滞りが加速化する」とのこと。また、株価下落が続く場合、銀行の保持している株の評価損害が一層拡大し、危機の幅が広がるとの見通しだ。
日本政府は1999年に金融再生法と金融健全化法を制定し、60兆円に達する公的資金を投入して銀行の不良債権の処理を急いできた。にもかかわらず、不良債権が持続的に増えていることは、建設、不動産、流通など、いわゆる「バブル業種」への不十分な構造改革のゆえ、不良が持続的に増えてきたためである。また、景気テコ入れ策の一環として日本政府は、銀行に対して中小企業への貸し出しも強要した。それに、銀行は公的資金を申し込む際、経営責任の追及を恐れ、充分な公的資金が申し込めなかったとの声もある。結局のところ、その場しのぎ的に処理した上、リストラも果敢に行なえなかったことが、日本経済の回生を不可能にしているのである。
日本の政治もこれに一役かったと言えよう。政治圏は10年間も続いた構造改革にも関わらず、経済への青写真を提示できずにいるという実情だ。1996年橋本内閣から始まった「金融ビックバング」は、未だに目に見える成果を挙げずにおり、構造改革の促進できる法制の整備にも消極的である。政治圏は票を意識し、行政は省庁間利己主義に縛られているため、迅速かつ果敢な意思決定は不可能な状態である。最近、森総理は連続的に政治スキャンダルのために「植物総理」状態に立たされ、「3月危機説」の現実性をより確かなものにしている。
98、99年当時だけでも、財政政策を駆使する余地は残っていたのだ。日本政府は1998年以降64兆円の財政資金を投入して景気へのテコ入れに力を入れてきた。しかし、国家債務は666兆円として国内総生産(GDP)の130%にも達した上、国際信用評価機関が先を争って国債信用等級を下げている実情で、再度財政を大量投入して構造改革に乗り出すこともそう簡単なことではなかったのだ。日本金融庁は増えつつある不良債権問題の解決に向けて、今までの不良債権に対して、貸し倒れ予備費に当ててきた間接償却方式から不良貸し出しを消去してしまう直接償却方式に変え、不良債権を根絶することを検討している。しかし、不動産市場の滞りと関連した法制の不備で、これを実践するまでは乗り越えるべき壁が少なくない。今後、日本経済の政策運用には、不良債権の処理などの金融システムの再生にベストを尽くし、実物経済に及ぼしかねない副作用を最小限にすべきとの課題が残っている。
日本経済の低迷が懸念されるのは、韓国経済に与える影響が少なくないからだ。日本は依然としてアジアの「代表株」である。日本の不安が他のアジア諸国に拡散することは火を見るより明らかだ。特に、輸出増大のために円安を放置しているともいう。日本金融機関の貸出金の回収も憂慮される。韓国の金融機関が日本の金融機関から借り入れたお金は約40億ドルとして長期資金が多いとはいえ、日本の銀行会計が時価評価制に変われば、これも安心できない状況になる。
日本経済の危機が我々に与える教訓は、原論的ではあるが、企業の不良から金融を引き離すべきであり、企業・金融構造改革は一日も早く完了させなければならないとの事実である。対症療法を持って問題を覆ってしまうと、問題はよりこじれてしまい、いつかは必ずあからさまになるに決まっている。






