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[社説]公的資金聴聞会をなぜ開かないのか?

[社説]公的資金聴聞会をなぜ開かないのか?

Posted January. 19, 2001 19:15,   

公的資金の運用実態を扱う国会の国政調査聴聞会が事実上霧散してしまった。一年の国家予算に匹敵する莫大な公的資金の助成過程と使途、執行過程の適正をチェックし、教訓にしようという聴聞会が、枝葉末節の問題を巡る与野党間の攻防のため開かれないというのだ。

そのようななかハンナラ党は、国会の外で公的資金の不正執行を連日マスコミに暴露しており、この資金をめぐる疑惑は日増しに大きくなっている。コメディーのようであるが、金融当局がこの事態に直面してから毎日定例的に、いわゆる解明ブリーフィングを行っている。そもそも聴聞会の趣旨は、そのような指摘と説明を聞くためなのだが、当事者らは国会を捨て、場外で角を突き合わせている。政府に本当にやましい事がないのなら、与党を説得してでも国会で国民に対し直接答弁をさせるべきだ。

ハンナラ党の指摘の内、一部は誤解だとしても、相当部分は執行当局が疑惑を持たれるのに十分な内容も入っている。まず、公的資金を審議、執行する可否を最終決定する預金保険公社の運営委員会が案件の99%を承認し、そのうち金額基準として90%以上を書面での審議だけで通過させたという事が事実ならば、本当に残念なことである。当初、徹底的に調査を行い、一点の疑惑もなく執行させるために作った機構が、結局は政府の操り人形だったという事を意味するためだ。まさに、そのようなやましい部分があるために政府与党が、聴聞会を忌避したのではないのかという疑惑を受けたとしても当然のことである。

特に、公的資金の規模と回収不可能な金額が、政府の発表と異なるというハンナラ党の主張は綿密に調査すべき対象だ。また、公的資金の支援を受けた金融機関職員の違法行為によって無駄に流用された金額が、数千億ウォンに達するという指摘も絶対に究明されなければならない論点だ。懸念した通り、公的資金がむやみに投入されたのではないかという疑惑の数々が相次いで出てきている時点で、聴聞会が霧散した事はどんな大義名分もってしても国民を納得させられないであろう。

政府が公的資金と関連して一つも隠すべきものがないのなら、一括尋問であれ、個別尋問であれ、それが聴聞会を霧散させるほど重要な事ではないはずだ。運営方式に対する意見の違いで、公的資金を出さなければならない立場にある国民の知る権利が無視されるならば、一体国会の存在理由とは何なのか?

このようなやり方で公的資金の実態究明が闇に葬られてはいけない。国会が聴聞会を放棄するなら、公的資金は今後、我々の心配以上にもっと無責任に執行されるかもしれない。もう一度国会の聴聞会の正常化を促したい。