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[記者の目]「検察、どこに行ったのか」

Posted November. 21, 2000 13:55,   

朝鮮初期の太祖(初めての王)イ・ャ塔Qは崇儒抑仏(儒教は崇め、仏教は抑圧する)政策を取り、全国の僧侶は残さず逮捕することを命じた。この命令によって、地方のある捕り手が僧侶を逮捕し、ャEルに護送しているところであった。引っ張られていた僧侶が僧衣の懐の中から小判を取り出して「私が監獄に入れられるとこれは全て無用になる。だから、これでお酒でも飲もう」と捕り手に提案した。

捕り手と僧侶は旗亭によってお酒を飲みすぎて酔っぱらってしまった。旗亭を離れ、再びャEルに向う途中、僧侶が今度は木陰でしばらく休んで行こうと誘った。酔っぱらった捕り手は、木陰に座るが早いか寝込んでしまった。その隙を狙って僧侶は懐から刀を取り出して、捕り手の頭を坊主刈りにした後、自分の僧衣を着せて逃げてしまった。

夕方になって涼しい風のために目を覚ました捕り手。彼は水の中に映った自分の姿を見てつぶやいたという。

「おや、僧侶はここにいるのに、捕り手はどこに行ったのか」

検察総長の弾劾案の国会票決を控えた17日、国会議事堂には検察の関係者らが多数来ていた。大部分が大田(テジョン)地検関係者と大田地域出身の検察の幹部であった。

彼らはなぜ国会に行ったのか。自ら進んで行ったのか、それとも誰かに行かせられたのか。行かせられたとしたら、誰が何故行かせたのか。

彼らの立場で、野党の主張が不当なもので、検察の状況がいくら厳しいとしても、検事はやはり政治の場に行くべきだったのか。前は「たとえ飢え死にするとしても、自分の意に反する人の物は食うまい」と言って自分の意に徹した検事も多かったのに・・・。

政治的な中立と独立を誰よりも切実に願ってきた人物が大部分の検事ではなかったのか。弾劾訴追はとりあえず免れたとしても、自分の恥をさらけ出した検察。僧侶に変った捕り手の姿から、我々は本分から逸脱した人の正体性喪失を象徴的に伺うことができた。

行くべからず所に行ってしまった検事の姿から、多くの市民は変ってしまった捕り手の姿を伺ったのではないか。本格的な公職の司正を前にして、検察の正体性を取り戻すことはなによりも急務であるような気がする。



李秀衡(イ・スヒョン)記者 sooh@donga.com