
高麗(コリョ)時代初期に描かれ、その後は途絶えたものと思われていた梅竹(メジュク)壁画が、李朝時代初期の古墳からも発見され学界の関心を集めている。
9月、高麗時代末期の彩色古墳壁画が発見された慶尚(キョンサン)南道密陽(ミルヤン)市チョンド村コボプ里の松隠(ソンウン)朴翊(パク・イク、1332〜1398)先生の墓地から、さらに梅花と竹の壁画が発見された。松隠は高麗時代コンミン王の時、文科に及第した後、礼部侍郎(高麗時代の六部のうちの一つで、次官職)を経験した文章家として、ポウン・ジョンモンジュ、ヤウン・キルジェなどとともに高麗時代末期の八隠の一人。
釜山(プサン)東亜大博物館(館長:沈奉謹《シム・ボングン》)は、「先月から李氏朝鮮王朝建国6年後に亡くなった松隠の墓地を発掘した結果、墓中の石室の南側と北側の壁面端4個所に梅竹壁画を発見した」と14日明らかにした。
この壁画は、高麗時代末、忠臣であった松隠の高麗王朝に対する忠節の意を表わすものとして、太祖王建(ワンゴン)の王陵から発見された後、ほとんど発見されなかった歳寒三友(セハンサムウ)・松竹梅の絵の流れを受け継ぐものである。
石東彬(ソク・トンビン)記者 mobidic@donga.com






