大宇(デウ)自動車が最終不渡りを出したことにより、昨年8月に回生作業が始まって15ヶ月で、この巨大な会社は将来を期することのできない運命に陥った。
今回の事態と関連し、我々はまず大宇自動車不渡りによってもたらされる恐ろしい経済的衝撃について深刻な懸念を抱かざるを得ない。大宇自動車に対する債権行使がすぐには不可能なことにより、1万余りの協力企業の中の相当数が連鎖倒産に直面することになった。これら企業の60万1千人に達する社員のうち相当数が、寒さが身にこたえるこの季節に職場を失うという状況は尋常なことではない。
そうでなくとも経済状況が大変なこの時期に、このような事態まで重なり、国の経済全体が苦境にさらされはしないかと心配だ。今回の事態が早期に収拾されない場合、経済回復はかなり後退せざるをえないだろう。
法定管理(日本の会社更生法)に入る場合、大宇自動車の落ち着き先も問題だ。資産価値が落ち、国家的に莫大な損失を被ることになることもそうだが、それよりももっと大きな心配は、現在有力な買収先であるジェネラル・モータース(GM)との協商がこのままうまく行くか疑問だという点だ。ニューヨークタイムズ紙が7日、「労組の同意を得られない場合、GMが買収しないだろう」と報道したのは、労組問題で構造改革ができない企業を買収するわけがないという脈絡である。売却が失敗した場合、国内経済が抱えなければならない負担は天文学的な数字に達する。
債権銀行団が最終不渡りを決定したのは、労組が会社側の構造改革案に同意しなかったためだ。労働者たちの苦境を知らないわけではないが、沈没の危機にある会社を一旦助け、それから組合としての主張をするのがより説得力を持っていたのではなかろうか。一部の人員削減に反対して全てを失ったとしたら、それより大きな悲劇はないだろう。今回の事態で労組が得たものは何だったのか。
政府と債権銀行団が異例的に不渡り期限を何回も延長し、対話を試みたのは何がなんでも衝撃を防ぐための苦肉の策だったと考える。しかし、債権銀行団がもう少し融通性ある戦略を取り、構造改革の原則に立った約束を取りつけることができなかったのかが気になる点だ。リストラ対象者の数を確定しておきながら、労組の同意を望むのは期待が過ぎた。
いずれにしても事は起きた。今、経済の主体がなすべき事は、どこの誰に対する批判と恨みではなく、この愚かな選択の後遺症を最小限度に止めることだ。自らその道を選択した人たちはさておき、善良なその他多くの国民が被る損失に対し、それを最小限に食い止める政策が急がれなければならない。






