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[社説] 政府は現代建設の「世話」をするのか

[社説] 政府は現代建設の「世話」をするのか

Posted November. 06, 2000 18:41,   

先月30日に1次不渡りを出して以来、資金不足にあえぎながらその日その日をなんとか持ちこたえている現代(ヒュンダイ)建設の危機脱出方法は依然として五里霧中だ。鄭夢憲会長が「系列会社の全保有株式を売却する」と公言したものの、この先2ヶ月で償還しなければならない短期負債の規模に比べれば、焼け石に水といった額である。元役員らを中心として「瑞山(ソサン)干拓地買い取り運動を展開する」という動きにも同情はするが、現実的な対策にはなり得ない。ここまで来ると、現代建設が望んでいるのは一体何なのか、疑いたくなってくる。

さらに目につくのは政府の態度だ。政府は「現代建設が市場を満足させるだけの自力更生案を提示できない場合は、法定処理に踏み切る」という強硬な姿勢を見せていた。しかしどういう風の吹き回しなのか、週末を境に「減資及び出資転換同意書」の話を持ち出し、今では「鄭一族の資産による正常化」に方向転換した。当初から政府の方針がそうだったのなら、初めから段階別処理方案を提示するべきだった。逆に、時間が経つに従って政策が変わったとすれば、それは政府の優柔不断さとして批判の対象となる。

政府の主張する「鄭一族による支援」問題に対する当局の意見も一貫性がない。公取委は「各系列会社が現代建設の社債を正当な価格、適正利率で買い取ることは、法的には問題が無い」と主張しているが、金監委は「そのような方法は問題があるため、鄭一族の個人的出資によって支援するべきだ」と解釈している。仮に系列会社が現代建設の社債を買い取って損失が発生し、少額株主や外国人投資家が法的責任を追求した場合、その攻撃に対してどう対応できるというのだろうか。公正委の解釈には頭をかしげざるを得ない。

問題は政府の柔弱な態度の変化だ。法定管理を執行するのに抵抗があろうと、市場原理に従ってこの問題を処理するというのが政府の方針だったのなら、名分を必要とする「仲介」や「譲歩」はあってはならない。市場での競争力を失い、金融機関に不良債権を抱えさせるだけの企業は、確実な将来性がない限り、「撤退」させるという原則が守られなければならない。具体性のない対北事業は、この企業の将来性を担保できるだろうか。

「原則遂行」に伴う混乱と苦痛を知らずにあげつらっている訳ではない。構造調整というものには、なんらかの犠牲が伴うのは世の常である。それでも敢えて断行しなければならない理由は、国家経済全体が助かるための唯一の代案だからだ。将来性のない企業を無理矢理延命させる「悪先例」を残した場合、それによって未来の市場で発生する損失は計り知れないだろう。鄭会長の賢明な判断と政府の確固たる勇気に一縷の望みを託す。