ベトナム戦争当時、韓国軍の小隊長が、ベトナムの民間人を射殺するよう指揮したという疑いを韓国の最高裁判所が認め、彼に無期懲役を宣告した事実が31年ぶりに初めて明かされた。
韓国国軍ベトナム民間人射殺が裁判所の判決によって認められたのは、これが唯一である。国防部は、最近まで、″ベトナム戦関連資料を探してみたが、民間人射殺の例はなかった”と否認してきた。
しかし、有罪判決を受けた当事者は、当時の事件は捏造されたと言い、真相の調査を要求した。
これによってベトナム民間人射殺の真相を取り巻く国内外での論争が起きると予想される。
13日、大韓弁護士協会と最高裁判所によると、最高裁は1969年4月29日当時ベトナムに派兵された陸軍〇〇師団〇〇聯隊ファギ小隊長キム・ジョンス(金鍾水59、牧師、忠南(チュンナム)公州市ユク邑)さんに対し、殺人及び命令違反、虚偽報告、掠奪、殺人特殊教唆等の疑いで無期懲役を宣告した。
判決文によると、キムさんは、68年7月15日、ベトナム戦争参戦中、小隊員を導き埋伏地点でない所で埋伏し、次の日の午前 1時頃そこを通りすぎたベトナム人7名を逮捕したという。
キムさんは、この人がベトナム民間人という事実が分かっていながらも小隊員と一緒に身体を 捜索し、靴と時計を押収したという。
最高裁判所は、また、小隊員が、逃走するベトナム人1名を追撃、射殺し、逮捕した7名は元々 埋伏地点で敵軍を射殺したように見せるため、埋伏地点に移動させ、2名は逃げ出し、5名はクレーモ-を発射、射殺したという軍検察の起訴内容を認めた。
キムさんは、このような疑いで68年7月16日軍検察部によって拘束起訴され、同じ月の26日1審である普通軍法会議(軍事裁判所の前身)で死刑宣告を受け、次の年2月12日国防部高等軍法会議で無期懲役を宣告された後、最高裁でそのまま確定した。
キムさんは服役中の78年12月懲役20年に減刑され、83年仮釈放され、引き続き88年赦免復権された。
しかし、今年の春キムさんは、当時軍検察の起訴が間違い、最高裁の判決もこれを間違って認定したと言い、再審と真相調査を要求した。
弁護士協会は、これにより、真相調査委員会を構成し調査に着手、13日調査報告書を作成した。
真相調査委員会であるアン・ビョンリョン(安炳竜)弁護士は、“1〜3審の判決文を検討し、当時人事参謀等、関連者にも問い合わせてみるが、真相を正確に把握するのは難しい”と言った。
アン弁護士は、“キムさんは、裁判所に再審をして欲しいと言ったが、判決の内容を覆すほど客観的な反証はなく、再審請求に該当しないため、助ける事は出来ない”と言った。
アン弁護士は、“この判決は、31年間外部に全く知られていなかったが初めて公開されたものである”と言い、“当時ベトナム派兵を決定したパク・ジョンヒ政府が判決内容の公開を防ぐ可能性が大きい”と述べた。
一方、アメリカでは、70年代以降、米軍によるベトナム民間人射殺が問題となり、71年、議会レベルでの真相調査が進められ、その結果、いわば‘ミルライ虐殺事件’が初めて表に出た。
この事件は、68年ミルライ村で、民間人173名が死亡した事件で、これによって射撃命令を下した第11歩兵旅団チャ-リ-中隊のウィリアムケリ-中尉が拘束され、終身刑を宣告され、師団長であったセミュエル・コクス所長が懲戒委員会に回附された。
この後にも、アメリカでは、ベトナム民間人射殺の問題が絶えず提起され、いまだ論争は続いている。






