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「暗闇選挙」20年、終わらせる時だ

Posted May. 29, 2026 08:48,   

Updated May. 29, 2026 08:48


「彼らだけの宴」ほど教育監選挙にぴったり当てはまる表現もない。今年、16人を選ぶ市・道教育監選挙に出馬を表明した候補は58人。ソウルでは実に8人の候補が乱立した。しかし、各種世論調査では、支持する教育監候補について「いない」「よく分からない」との回答が60~70%を行き来している。国民の大半が、教育監選挙に誰が出ているのか関心すら持っていないということだ。今年だけの話ではない。2年前のソウル市教育監補欠選挙の投票率は23.5%にとどまり、同時実施された基礎自治体首長選の半分にも満たなかった。

こういう時こそ有権者の関心を高める努力が必要だが、今回も候補決定段階から泥仕合が繰り返された。政党公認が認められない制度の下、保守・進歩を問わず候補が乱立し、一本化過程では予備選不服や告訴・告発が乱舞し、国民の冷笑を増幅させている。全国各地では、ポストを巡る裏取引や論文盗用、代筆、不法賭博疑惑など「ネガティブ攻勢」が続いている。教育トップを選ぶ選挙とは思えないほど非教育的だ。

市・道教育委員会による「教皇選出方式」や学校運営委員会による間接選挙を経て、現在の教育監直接選挙制が導入されたのは2007年だ。教育の専門性と政治的中立性を強化するという趣旨だった。政党公認が禁じられているため、教育監候補には政党名も番号もない。特定候補が先頭位置を占めるのを防ぐため、選挙区ごとに投票用紙の名前順を変えて配置する「交互順番制」という独特な方式まで導入された。

しかし、直選制導入から20年を迎えた今、政治的中立は見せかけにすぎない。教育監選挙はすでに保守・進歩の政治対決の場に転落して久しい。進歩候補は青いジャンパー(共に民主党)を、保守候補は赤いジャンパー(国民の力)を着て遊説する。選挙の横断幕や広報物にも、「民主進歩候補」「中道保守候補」などと堂々と記載し、政治色を前面に出している。教育哲学や政策競争も姿を消した。進歩・保守を問わず乱発されるバラマキ公約は、政界顔負けの水準だ。今年の58人の候補のうち40人が「現金給付公約」を掲げた。ファンド、バウチャー、手当などの形で、少ないものでも10万ウォン、多いものでは5千万ウォンを支援するという。

選挙費用支出も膨大だ。4年前の教育監選挙では、候補1人当たりの支出額が10億8千万ウォンに達し、市・道知事候補の選挙費用より2億ウォンも多かった。今年も事情は変わらないだろう。政党支援なしに莫大な選挙費用を個人が負担するため、出版記念会のような便法で資金を集めたり、選挙の借金返済のため賄賂を受け取ったりする不正も絶えない。直選制導入後、収賄や横領などで有罪判決を受けた教育監が10人を超えるというのだから、子どもたちに顔向けできない水準だ。

ここまで来れば、教育監直選制は寿命を迎えたと言うべきだ。国民世論も冷ややかだ。最近、韓国教育開発院が4千人を対象に行った調査では、半数近くが教育監直選制中心の地方教育自治に否定的評価を下した。肯定評価は1割程度にとどまった。「教育界の小統領」と呼ばれるほど強大な権限を持つ教育監を選ぶ選挙が、事実上落第点を受けているという意味だ。だが、選挙制度改編論は選挙のたびに浮上しては、掛け声だけで終わった。

日本、英国、ドイツなど多くの国では、市・道知事や州首相など自治体首長が教育監を任命している。米国は直選制と州知事任命制を併用している。韓国のように全面直選制を採用している国は珍しい。限界に達した直選制にいつまで固執するのか。市・道知事と教育監候補がペアを組んで出馬する「ランニングメイト制」や、市・道知事任命制、選挙公営制、政党公認制など代案を急いで模索する必要がある。「彼ら」だけが熱く、国民の大多数が背を向ける教育監選挙は、今年6月3日を最後にすべきだ。