最近、デンマーク領グリーンランド最大の都市ヌークを訪れ、現地取材で出会った小学校教員のマリナ・クラセンさんの自宅を訪問した。トランプ米大統領の再選以降、疲弊した実情を説明していたクラセンさんは、「どうしても見せたいものがある」と言って記者を家に案内した。ヌーク中心部から車で15分ほどの自宅は、韓国のありふれた低層アパートを思わせた。窓の外に広がるヌークの海と雪に覆われた市街地の眺めは、ここが最近、世界の注目を集める紛争地域として浮上していることを忘れさせるほど穏やかだった。
しかし、物置の片隅に置かれた戦争に備えた「脱出バッグ」を目にした瞬間、その穏やかさは崩れた。クラセンさんは「トランプの言葉は冗談ではない。空爆に備えた準備が必要だった」と言い、バッグの中身を一つ一つ取り出して見せた。
バックの中身は軍装を連想させた。ビーフジャーキーやプロテインパウダー、各種粉末の非常食が詰め込まれていた。携帯用の調理器具、厚手の防寒着、バーナーが凍結するのに備えた専用の毛布、カイロ類もあった。生物化学攻撃で飲料水が汚染される事態に備え、浄水器付きの水筒や、現金に換えられる装身具も入れていた。2022年から戦争を経験しているウクライナの住民が投稿したユーチューブ動画を見て、そろえたという。
とりわけ目を引いたのは、金属製の円筒形の保管容器だった。ふたを開けると、自身と一人で育てた息子の出生証明書、親子関係を証明する書類が入っていた。水にぬれたり損傷したりしないよう金属の容器を選んだという。クラセンさんは「戦争で難民になったり、万一、死んだりけがをしたりしても、誰かが私たちがグリーンランド人だと分かる必要がある」と語った。グリーンランドの人々が抱く戦争への恐怖が、どれほどのものかを推し量るに十分だった。
トランプ氏の「グリーンランド併合の野心」については、「さらなる奇行」や「交渉のためのレトリック」と片づけようとする見方も少なくない。常識的には不可能に見えるカードを切り、資源採掘権などの水面下の利益を得ようとする戦略というわけだ。
しかし、グリーンランドの住民にとって、それは決して政治的なレトリックではなかった。単なる「怒り」を超え、日常を根こそぎ揺さぶっていることを、現場で何度も目の当たりにした。
恐怖に満ちた眼差しは、外部の人間への排他的な行動として表れることもあった。ヌーク市内で出会った一部のイヌイットの高齢者は取材陣に向かって、「米国もお前たちも変わらない。帰れ」と叫んだ。先住民たちは記者の質問に「何も言わない」と口を閉ざした。外勢の干渉なく暮らしてきたように、「私たちを放っておいてほしい」という思いが伝わってきた。鎖国を守りながら韓半島に到来した西洋人を追い払っていた開化期の朝鮮が思い起こされた。
植民地支配を経験した民族として、「私たちを買おうとするな」「私たちは売買の対象ではない」というグリーンランドの人々の叫びは、他人事には聞こえない。しかし、第2次世界大戦後に築かれた国際秩序が根底から揺らいでいる今、約5万6千人のグリーンランドの人々の前にある現実は、憐憫や共感だけで解ける問題ではない。
トランプ氏の一言で大西洋同盟が揺れ、その影響が北極の日常にまで入り込んでいる。開化期、強大国に運命を委ねざるを得なかった韓国の過去を想起させる場面でもある。トランプ氏の次の視線が中国や北朝鮮に向かうなら、グリーンランドの人々が感じる恐怖は、いつでも私たちの恐怖になり得る。
グリーンランドの現場で、出生証明書まで携えるクラセンさんの姿を見ながら、「私たちは果たして自分たちを守る準備ができているのか」という問いを振り払えなかった理由だ。
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