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境界人の視線で

Posted August. 20, 2025 08:58,   

Updated August. 20, 2025 08:58


12歳の時に心を通わせたヘソンとナヨン。しかし、ナヨンがカナダに移住したことで別れた2人は、12年後にフェイスブックを通じて再びつながる。韓国と米国にそれぞれ住み、オンラインで気持ちを確かめ合うが、会えないまま結局別れ、さらに12年後にようやくニューヨークで再会する。すでに米国人と結婚しているナヨンと、その事実を知りながらも訪ねてきたヘソンは、好意を抱きながらも近づけない複雑な感情にとらわれる。

セリーヌ・ソン監督の自伝的な物語を描いた『パスト・ライブス/再会』は、訳すと「前世」という意味だ。あえて監督が前世という概念を持ち出して物語を展開したのは、そこに移民たちの独特な視線があるからだ。移民の立場から見ると、移住前の人生と移住後の人生はまるで前世と現世のように感じられることがある。別の名前もでき、国籍も言語も変わるからだ。いわゆる「境界人」の人生だ。だからナヨンはヘソンに自分の気持ちをこう表現する。「あなたが好きなナヨンはここには存在しない。でもあの子は確かに存在した。あなたの目の前に座ってはいないけれど、だからといっていないわけじゃない。20年前、私はその子をあなたと一緒に置いてきた」

移民のような境界人だからこそ持つ独特な視線とは一体何だろうか。2つのアイデンティティの間で差別も経験したが、今ではその両方を自分として認め、受け入れることができる視線だ。最近では「KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ」のマギー・カン監督のように、2つのアイデンティティを持つ境界人たちが見せる独特な視線が注目されている。国家に過度に埋没することなく、同時に母国への特別な愛情を持つ、適度な距離感のある視線だ。グローバル時代に突入した韓国においても、一歩引いて自分自身を見つめる「境界人の視線」が必要にみえる。

「あなたが好きなナヨンはここには存在しない。」(セリーヌ・ソン『パスト・ライブス/再会』)