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朝鮮のルーツの象徴「景福宮璿源殿」扁額、100年ぶりに帰国

朝鮮のルーツの象徴「景福宮璿源殿」扁額、100年ぶりに帰国

Posted February. 04, 2025 09:56,   

Updated February. 04, 2025 09:56


朝鮮王の御真(王の肖像画)を奉安した景福宮(キョンボククン)璿源殿(ソンウォンジョン)に掛けられていたと推定される扁額(写真)が約100年ぶりに日本から戻ってきた。

国家遺産庁と国外所在文化遺産財団は3日、「日本統治時代に日本に持ち出されたとみられる『景福宮璿源殿扁額』が返還された」と明らかにした。扁額とは、部屋や扉の上に掛ける文字や絵の額を指す。扁額に使用された顔料を調べた結果、儀軌に記録された扁額の材料とほぼ一致することが確認された。

返還された扁額は、横312センチ、縦140センチの大きさで、漆を塗った黒地に「玉の源」を意味する「璿源」が金色で書かれている。文字は、朝鮮後期に吏曹参判などを歴任し、「名筆」として知られる文臣・徐承輔(ソ・スンボ、1814~77)が書いたと推定される。額の縁には扇子や風呂敷など「七寶(七つの宝物)」の文様が刻まれ、縁を延長した棒には雲の模様が彫られ、格式高い扁額の様式がうかがえる。

国家遺産庁によると、この扁額は1868年に再建された景福宮の璿源殿に掛けられたと推定される。璿源殿は、王の御真を奉安し、儀式を行った神聖な空間だ。国家遺産庁関係者は、「璿源殿は王室のルーツを象徴する空間で、ここに掛けられた扁額も王室の貴重な宝物」と説明した。朝鮮最初の璿源殿は1444年に景福宮が創建されたときに作られたが、文禄・慶長の役の時に火災で全焼した。1868年、景福宮の再建時に再び制作されたが、日本統治時代の朝鮮総督府によって取り壊された。現在、国立民俗博物館がある場所が璿源殿の圏域だ。

この扁額は、2023年末に日本の古美術オークションに出品され、その存在が知られるようになった。一部では、1910年から16年まで朝鮮総督府の初代総督だった寺内正毅が、景福宮の一部建物とともに日本に持ち去った可能性が指摘されている。国家遺産庁側は、「所蔵者に朝鮮王室の文化遺産は祖国に戻らなければならないと説得し、返還が実現した」と説明した。

璿源殿の扁額は27日に初めて公開された後、国立古宮博物館で所蔵・管理される予定だ。返還費用はライアットゲームズが支援した。


イ・ジユン記者 leemail@donga.com