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大義名分、そして悪用される歴史

Posted June. 01, 2021 08:13,   

Updated June. 01, 2021 08:13

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イスラエルとパレスチナのハマスが和平協定を結んだというニュースが伝わるやいなや、中国の台湾侵攻準備の報道が出た。中国の大義名分は「一つの中国」だ。韓国の場合を代入すれば、韓半島は長い間一つの国家であり、方法と過程の問題にすぎず、統一が民族的、歴史的課題だという事実を否定する人は誰もいないだろう。

ところで中国と台湾は一つの中国なのか? 中国の黄河流域は、地球上で文明が一番先に発達した地域の一つだ。黄河文明は、国家を早く誕生させ、強力な中央政府、緻密な行政網を世界のどの地域よりも速く徹底的に発展させた。そして周辺の異民族を征服したり追い出したりすることで、中国という国の領域を広げた。

しかし、台湾はかなり長い間、中国の関心の外にあった。台湾は意外にも地形がかなり険しく、険峻な高原地域も多い。文明地域とは孤立し、先住民たちが長い間、独自の文明を享受して暮らした。台湾国立博物館で、16世紀に訪れた欧州人たちが描いた台湾先住民の生活像に関するスケッチを見たことがある。私たちに馴染みのある中国文明を思えば、非常に見慣れない異質的な文化だ。かなり原始的とも言えるが、台湾先住民は強靭で荒々しいことで名が高かった。16世紀にオランダ人が訪れ、都市を建てた。漢族が本格的に移住したのは、明が滅亡した時、最後まで抵抗した鄭成功が移住してからだった。鄭成功はオランダ勢力を追い出し、漢族の移民を受け入れて鄭氏王朝を建国した。朝鮮後期に流行した鄭鑑録の鄭道令(チョン・ドリョン)は台湾の鄭氏王朝の話が誤伝された説だという推測もある。

台湾の漢族王朝を放置できなかった清朝は、17世紀末、台湾を侵攻し、台湾を行政区域にした。そして第2次世界大戦後、蒋介石の国民党政府が共産軍に敗れて台湾に入った。このように現在の中国と台湾が対立し始めた。

歴史は常に戦争の大義名分のために悪用される。歴史の当為性ではなく、未来のための賢明な解決策は何だろうか。