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白凡「柳寛順烈士の尊い義挙は不滅の偉勲」

白凡「柳寛順烈士の尊い義挙は不滅の偉勲」

Posted April. 01, 2021 08:19,   

Updated April. 01, 2021 08:19

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柳寛順(ユ・グァンスン)烈士の死を「尊い義挙」と称える白凡・金九(キム・グ)先生直筆の追悼の辞が復元され、一般に公開される。

行政安全部・国家記録院は31日、1919年4月1日のアウネ独立万歳運動を記念して、柳寛順烈士関連の希少記録4件、99枚を復元したと明らかにした。柳烈士は、アウネ独立万歳運動を主導した容疑で懲役刑を言い渡され、西大門(ソデムン)刑務所で服役し、拷問の後遺症などで1920年9月28日に死亡した。

今回復元された資料は、柳寛順記念事業会が1947年11月27日に忠清南道天安市竝川面亀尾山(チュンチョンブクド・チョンアンシ・ビョンチョンミョン・クミサン)で「アウネ独立万歳運動記念碑」の除幕行事を行った際に献呈された追悼の辞3件と、柳寛順烈士記念館の所蔵品だ。白凡先生は追悼の辞で、「柳寛順烈士の尊い義挙と崇高な死は日月のように輝き、千古不滅の偉勲を建てた」とし、「先烈の独立精神と遺志を守り、祖国の完全自主独立を達成するよう努力しよう」と述べた。

当時、米軍政で文教部部長を務めた呉天錫(オ・チョンソク)の追悼の辞も復元された。氏は柳烈士を、「民族の聖なる指導者」「旗を持って指揮した大胆な勇士」と表現した。

柳烈士の甥であるユ・ジェマン氏が1940年代後半に整理した90枚余りの「柳寛順実記」も、一緒に復元された。柳烈士の伝記と当時の殉国烈士の行跡、映画「柳寛順」の脚本などが含まれている。柳烈士の従姉でアウネ独立万歳運動に加わった柳禮道(ユ・イェド)志士(1986〜1989)の幼年時代の写真も今回復元され、外部に初めて公開された。

今回の作業は、柳寛順烈士記念館が昨年5月、国家記録院に適合型復元支援を要請して行われた。国家記録院は、2018年から民間・公共機関による毀損記録物の復元処理を支援している。現在まで59機関の記録物、7064枚が復元された。

白凡先生の追悼の辞は、柳寛順烈士記念館の展示館で1日から観覧できる。復元されたその他の記録は、全国の博物館収蔵品検索サイト「eミュージアム」(www.emuseam.go.kr)で公開される。

国家記録院のソ・ジョンウク記録保存サービス部長は、「今後も国の重要記録物が損なわれることなく、安全に永久保存できるよう最善を尽くしていきたい」と語った。


朴昌圭 kyu@donga.com