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仏、人質4人救出で犠牲になった2人の兵士を追悼

仏、人質4人救出で犠牲になった2人の兵士を追悼

Posted May. 13, 2019 08:33,   

Updated May. 13, 2019 09:15


「フランス国民がどこにいても、安全を確保することが国家の義務だ」

フランスのドリアン外相は11日午後、パリ郊外のベリジー・ビラクブレーの軍空港にブルキナファソで拉致された人質が無事に到着した後、記者団に「難しい作戦だったが、大統領はフランスに人質が到着するまで最後まで彼らを護衛することを望んだ」と話した。ドリアン氏は、作戦過程で犠牲になった2人のフランス軍兵士、セドリック・ピエールポン一等兵曹(33)、アラン・ベルトンセロ一等兵曹(28)のことを話す時は声を詰まらせた。

仏紙ル・パリジャンは同日、今回の人質救出作戦について「アクション映画のようだった」と表現した。しかし、映画の主人公のようにすべての兵士が生きて帰って来ることはできなかった。同紙は、フランス全域が2人を追悼したと伝えた。

ピエールポンさんは2004年に18歳で入隊し、05年に基礎軍事訓練をトップで終えたエリート兵士だ。12年にユベル特殊部隊に合流し、昨年4月にグループリーダーになった。ベルトンセロさんは11年に海軍に入隊し、17年7月にユベル特殊部隊に合流し、カタールで服務した。ベルトンセロさんは今年3月末、ピエールポンさんとともにサヘル地域の対テロ掃討作戦に投入された。ユベル特殊部隊は1944年、第2次世界大戦のノルマンディ上陸作戦で戦死した海軍特殊部大隊所属のオーギュスタン・ユベル中尉の名前から取った部隊で、フランス最高の5つの特殊部隊の1つだ。テロ、人質救出、海中爆破作戦が主な任務だ。

ベルトンセロさんの母親のダニエルさんは、同紙の取材を受け、「息子は英雄的に振る舞った。いつもよく笑い、謙虚な子で、私たちに何の心配もしないように話した」と悲しんだ。父親のジャン=リュックさんも、「息子を失った悲しみは耐えられないほど大きいが、彼は任務を与えられ、それをやり遂げた」と語った。

ピエールポンさんとベルトンセロさんが主導した緊迫した人質救出作戦の詳細も大きな注目を集めている。現地メディアによると、フランス人の人質2人が、ベナン北部のパンジャリ国立公園でサファリ旅行をしていた時に行方不明になったのは5月1日夕方。彼らはホテルに戻らず、公園で乗っていた車と運転手が死亡した状態で発見された。フランス政府は事件発生4日後の5日から特殊部隊を投入し、追跡作戦を開始した。

 

フランス政府はすぐにフランス人を誘拐した組織が近隣のマリに拠点を置くイスラム武装組織マシナ解放戦線であり、ブルキナファソからマリに移動していることを把握した。武装組織を追跡する過程で、米軍と米軍のドローンが大きな役割を果たしたと、フランス合同参謀は伝えた。武装組織が人質を連れて無法地帯のマリに入れば、救出は不可能になると判断し、人質救出を急いだとも伝えた。

9日、マリ北部に移動したマシナ解放戦線がブルキナファソでしばらく移動を止めた。フランス軍特殊部隊を率いるロラン・イスナル中将は直ちに作戦突入を提案し、マクロン大統領が許可を下した・フランス医療チームが現地に派遣され、人質と特殊部隊の救出のためのヘリコプターも待機したと、同紙は伝えた。

9日夜、ユベル特殊部隊員20人が作戦に投入された。彼らは、人質と武装組織がいる隠れ家に向かった。隠れ家の10メートル手前で監視兵が特殊部隊員を発見し、発砲した。ユベル特殊部隊員は応戦せず、隠れ家に入った。発砲して人質が銃弾を受ける恐れがあるためだ。その過程で、ピエールポンさんとベルトンセロさんが銃で撃たれた。人質を救出した後、銃撃戦が起こり、武装組織の4人が死亡した。

隠れ家を襲撃したフランス軍は、フランス人2人のほかに40代の韓国人女性と60代の米国人女性、2人の人質を発見した。フロランス・パルリ国防相は、「誰も人質がもう2人いるとは分からなかった。驚いた」と話した。

人質4人のうちブルキナファソ現地から米国に移送手続きをしている米国人女性1人を除く3人は12日、フランス対外治安総局(DGSE)職員から調査を受けた。記憶があるうちにテロリストの情報を把握し、今後の作戦に利用するためだと、フランス政府側は明らかにした。


董正民 ditto@donga.com