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鋼鉄メンタルの秦鍾午、「50m最後の一発では心臓が引き裂かれる思いだった」

鋼鉄メンタルの秦鍾午、「50m最後の一発では心臓が引き裂かれる思いだった」

Posted August. 13, 2016 07:40,   

Updated August. 13, 2016 07:40

射台に立った秦鍾午(チン・ジョンオ=37・kt・写真)の表情は真剣を超えて険しくさえも見える。標的を凝視する目と揺るがない手は、マネキンのように微動もない。6.6点を出した後も雰囲気を変えて五輪記録をたたき出した秦鍾午だ。彼を表現する際に欠かさず付きまとう言葉は「鋼鉄メンタル」だ。

だが、史上初の五輪3連覇を達成した翌12日に会った秦鍾午は、「私も普通の人間です。やりたいことも多いし、いろんなことを感じる人間」と話した。インタビューを行う間、次々と意外な魅力をさらけ出した。

秦鍾午は11日、リオデジャネイロ五輪の男子ピストル50メートルで金メダルを獲得した直後に、「後輩たちには申し訳ない話だが、まだ引退する気がない。周りからはいつ引退するんだと聞かれるけど、それは自分にはあまりにも酷過ぎる話だ」と語った。

まさか秦鍾午に引退の話を持ち出すとは。誰から言われたのかと聞いたら、「自分に関する記事に寄せられた悪質なコメントを読んだ」という言葉が返ってきた。秦鍾午は、「悪質な書き込みを見たときも、できるだけ気に留めないように努めている。でも、やっぱり気になることが多い」と話した。針で刺しても血一滴も出そうにない彼も、自分に関する記事やコメントは随分気にする「小心者」だったのだ。7日のエアピストル10mで5位に入った後、50mピストルでに出場するまでは、全くインターネットを検索しなかった。金メダルを取った後は「ネットを見なかったことが相当役に立ったようだ。他の選手たちにもこの方法を勧めたい」と話した。

ライフルではなくピストル選手になった背景にも思わぬ事情があった。秦鍾午は、「中学校3年の時、知り合いの方の紹介で射撃場に行って初めて握ったのがライフルだった。ところが標的に当たらなかった。コーチに『じゃピストルを撃ってみたら』と言われてピストルを握った。そしたら、妙なことに当たったのだ」と言う。もし、最初からライフルが当たっていたら、恐らくライフル選手になっていただろう。

身体能力にも意外な発見があった。手がごつごつして硬いのではと思いきや、握手をしてみると女性の手のように柔らかかった。秦鍾午は、「射撃は、どうしても手の感覚が重要。だから手を大事に管理している。洗った後は必ずローションを塗っているし、寒い日は必ず手袋をはめる」と言った。重いものを持つときも左手を使う。

五輪に出るプレッシャーと代表としての重圧についても率直な気持ちを語った。彼は、「金メダルをかけた最後の激発をするときは、心臓が引き裂かれそうな思いだった」と打ち明けた。また、「代表として太極(テグク)マークを付けることは、いつも誇らしいことだが、酷過ぎると思う時も多い。たまには普通の人のように、普通に暮らすことを夢見ることもある」と話した。

しかし、金メダルと取った直後は、すぐ2020年東京五輪参加に意欲を示した。なぜ、また険しく遠い道のりを歩もうとするのだろうか。

彼は後輩たちのことを理由に挙げた。「辞めようと思うころには、いつも優れた後輩が現れる。2004年アテネ五輪が終わった後、高校生だったイ・デミョンが登場した。『高校生に負けるわけにはいかない』と思うようになった。そういう感じで、自分の勝負心を刺激する後輩が次々と登場してくる」と話した。



리우데자네이루=이헌재 リオデジャネイロ=イ・ホンジェ記者 기자uni@donga.com