24日死去した「トータルサッカーの伝説」ヨハン・クライフ(写真)の名は、祖国オランダに戻るのか、それとも自身のサッカースタイルを完成したバルセロナに飾られるのか。
クライフ氏が10年以上活躍したオランダリーグの名門クラブ、アムステルダム・アレナが早速動いたが、遺族の答えは「ノー」だった。遺族の代理人は28日(現地時間)、ツイッターに「当分、アムステルダム・アレナをクライフ・スタジアムと名づけることを願っていない」との立場を表明したと、フランス紙ル・フィガロが同日報じた。
遺族はなぜ反対だったのだろうか。同日、スペインのカタルーニャの地元紙スポルトの報道に、その答えがあった。カタルーニャの名門クラブ、FCバルセロナが本拠地「カンプ・ノウ」を「ヨハン・クライフ・スタジアム」に改称するため、クライフ氏の息子でバルセロナ選手出身のジョルディ氏との話し合いを終え、30日に理事会を招集すると伝えたのだ。バルセロナのファン投票でも投票に参加した8000人余りのうち65%が、同案を支持したという。
クライフ氏は、バルセロナ所属では6年(1973~78年)しか活躍していない。だが、「全員攻撃、全員守備」で集約される氏のサッカースタイルは、バルセロナを完成した。監督としての在任期間はバルセロナ時代(1988~96年)がアヤックス時代(1985~88年)より遥かに長い。結局、遺族は「お国」より「サッカー」そのものを選択したのだ。
권재현기자 クォン・ジェヒョン記者 confetti@donga.com






