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2人の女性が与えた教訓

Posted August. 12, 2013 06:32,   

裕福な実業家で1人の子の母親、かたや売春婦で麻薬密売者の女性。合いそうもないこの2人の女性が互いを悲劇から救った。

約10年前、中南米国家のコロンビアは、激しい内戦と麻薬密売で病んでいた。この国が苦しんでいたさらなる問題は深刻な貧富の格差だった。貧富の格差問題を扱うコロンビアのエリートたちは、貧しい人々を徹底的に分離させた対策を講じてきた。

しかし、エリートたちのこのようなアプローチが変わり始め、安定に向かっている。古いスペインの城郭と美しい砂利道で有名な港町カルタヘナに多くの観光客が訪れているのがその証拠だ。むろん、ギャングがスラム街にはびこるなど多くの問題が残っており、コロンビアの変化はまだ不完全なのも事実だ。

この国で成功した女性の1人がカタリナ・エスコバルだ。米国式の教育を受けた彼女は、貿易会社を経営し、裕福で美しかった。17ヵ月のかわいい息子、フアン・フェリペを育てる母親でもあった。しかし、2000年のある日、幼い息子が家のバルコニーの欄干を越えて8階下に落ちて死亡した。

エスコバルは悲しみに打ちひしがれた。その一方で、事故の数日前、病院のボランティアで会った、薬代30ドルがなくて子どもを失わった10代の母親のことが頭から離れなかった。事故で息子を失って耐えられない悲しみに包まれた彼女に、幼い子どもの死が日常であるコロンビアの貧民街の現実はさらなる衝撃だった。

エスコバルは、自分の悲しみと貧民街の女性たちに対する憐れみから「フアン・フェリペ・ゴメス・エスコバル財団」を立ち上げた。この財団は、死んだ息子を称えるとともに、カルタヘナ地域の10代の母親に職業教育、子どもの育て方、健康相談などを行ない、貧困の悪循環を断ち切ることを目標にしている。

ユルレイディス・ペニャロサのような若い女性が良い例だ。彼女は貧民街で育ったが、頭が良く勇気があった。7才の時から親戚に強姦されたが、9才の時に警察に行って親戚を告訴し、皆監獄に送った。むろん、これで貧困が解決されたわけではなかった。数年後、ペニャロサは病気になった母親の治療のために400ドルが必要だった。母親を愛していた彼女は、金を稼ぐために12才で学校をやめて売春をした。売春店で彼女はマリファナやコカインなど麻薬取引の運搬に利用された。そして、ペニャロサは警察に逮捕された。彼女とともに麻薬を運んでいたもう1人の女性は警察の銃弾で死亡した。彼女は、警察から焼きごてで拷問を受け、その傷はまだ消えていない。

釈放された後、ペニャロサは新しい人生を始めた。彼女は14才で学校に戻り、フアン・フェリペ・ゴメス・エスコバル財団から寝食を提供され、職業教育も受けた。今はコーヒーショップでインターンとして働いている。

ペニャロサは明らかに貧困の悪循環を断ち切ったように見える。これは彼女の強い意志と財団を設立して彼女を助けたエスコバルがいたゆえ可能だった。エスコバルは、「貧民街の少女を助けることが、息子を失った私の悲しみを癒し、私を救ってくれる」と話した。

今、コロンビアでは富裕層が貧民街の治安を強化するための税金を負担している。フアン・フェリペ・ゴメス・エスコバル財団のように社会問題を扱う財団が次々に作られている。裕福な人と貧しい人は同じ船に乗っており、助け合わなければならないという教訓をエスコバルの話が物語っている。