
9・11テロを行なった国際テロ組織アルカイダが、米国など西欧諸国に再びテロを行なうと警告し、アルカイダ指導部に関心が集まっている。英BBC放送は、アルカイダ指導部の約10人を紹介し、そのうちの3人を「第2のオサマ・ビンラディン」とした。
公式にビンラディンを継いだアルカイダの最高指導者は、アイマン・アル・ザワヒリだ。アルカイダは、米軍特殊部隊がビンラディンを殺害して約1ヵ月後の2011年6月16日、ザワヒリを最高指導者と発表した。
1951年にエジプト・カイロのある裕福な家庭に生まれたザワヒリは、カイロ大学医学部で眼科を学んだ。1985年に医師としてアフガニスタンに入り、旧ソ連との戦争で負傷したジハード(聖戦)戦士の治療をしていた時にビンラディンと会い、武装闘争に足を踏み入れた。ザワヒリは9・11テロをはじめ各種テロを背後で操った「最高戦略家」、「アルカイダの頭脳」と言われている。ザワヒリは、2001年に米政府が発表した最悪のテロリスト22人のうちビンラディンに続き2番目に名前が挙げられた。米国は、ザワヒリ逮捕に2500万ドル(約279億ウォン)の懸賞金をかけた。ザワヒリは、2001年10月にアフガン東部で最後に目撃されて以降、アフガンとパキスタン国境の山岳地域に潜伏していると見られている。ザワヒリの妻と子どもは2001年に米空軍の爆撃で死亡した。
ビンラディン死亡後、一時、臨時後継者を務めたサイフ・アル・アデルも「第2のビンラディン」とされている。元エジプト特殊部隊将校のアデルは、1960年か1963年に生まれたと推定される。幼い頃からイスラム原理主義だったアデルは、1981年に原理主義者らがサダト大統領を暗殺した直後、エジプトを離れた。アデルがこの暗殺に関与しているという疑いはまだ解消されていない。アデルは、アフガンでビンラディンと親交を深め、アルカイダメンバーの訓練プログラムを作成し、ソマリアで養成を担った。爆薬に詳しく、2003年のサウジのリヤド爆弾テロをはじめ、様々な爆弾テロを背後で操った疑いを受けている。米国はアデルに懸賞金500万ドル(約56億ウォン)をかけた。
アルカイダの公開映像にザワヒリよりも頻繁に登場することで知られているアブ・ヤヒヤ・アルリビも核心指導部の1人だ。アルリビは昨年6月、パキスタン北西部で、米国の無人機爆撃で死亡したと思われていたが、パキスタンのある消息筋は公式に確認していない。アルリビは、アルカイダ内で最も重要な神学者であり、現場指揮官としても活動しているという。アルリビは2002年にパキスタン軍に逮捕され、アフガン内のバグラム米軍基地に送られたが、2005年にアルカイダのメンバー3人と脱出した。
このほかにもBBCは、ビンラディンの息子のサード・ビンラディンやアフガン南東部地域アルカイダの現場司令官とされるカリド・アル・ハビブなど11人をアルカイダ指導部と紹介した。






