メキシコでは最近、猫が市長候補に立候補し、話題となっている。ベラクルス洲・ハラパ市で、モリスという名の猫が、「一日中ぶらぶらしながら何もしない」という公約を打ち出し、人気を集めている。いわば、一種のハプニングだが、余計なことばかりやっている政治家らを、辛らつに皮肉ったものだ。政治家らの空振りが続く限り、韓国でも猫や犬を立候補させたキャンペーンが出てくるかもしれない。
最近、堰を切ったかのように次々と出される議員立法(国会議員が発議する立法)と関連し、冗談が出ている。自分が発議した法案について、反対の発言をしたり、反対票を投げかけるケースがあるという。自分がどんな法を発議したかすら知らず、拙速立法をするという話だ。熟慮しない規制が量産されている現実を示している。
逆に、政府は企業投資を活性化させるとして、規制緩和を叫んでいる。朴槿恵(バク・グンへ)大統領は、「果敢な規制改革」を要求し、「全ての規制をネガティブ方式に変えるべきだ」など、具体的な指示を下した。玄旿錫(ヒョン・オソク)経済副首相も、企業現場を歩きながら、「規制緩和の伝道師」を自負している。
国民は混乱している。規制はよいものが、悪いものか。そして数十年間、歴代政府もそのたびに規制緩和を叫んてきたのに、いまだ規制緩和が話題になる理由は果たして何か…。規制緩和は、金大中(キム・デジュン=DJ)政府時代に本格化した。DJ政府は、「しっかり緩和します」をモットーに、全ての規制を登録し、登録した規制の半分を撤廃するよう指示した。実際、50%ほどの規制が改善され、一度に多くの規制を緩和しなければならない社会主義国の国々から学びに来るほどだった。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府も、世界的新自由主義の流れに沿って、規制を緩和し、李明博(イ・ミョンバク)政府は、「規制電柱の抜き取り」を通じて、大手企業を縛る規制のく緩和した。しかし、企業や国民が体で感じる規制は、あまり変わっていない。全国経済人連合会の調査によると、登録規制件数は、08年の5186件から12年は1万3914件へと、かえって4年間で2.7倍に増えた。
新たにできたり、撤廃されたりする法案を見れば、さらにあきれるばかりだ。化学物質管理法の「有毒物営業許可権」は02年、環境部から地方自治体へと移された。ところが、フッ酸ガスなどの流出事故が相次ぐと、今年、法を改正し、再び環境部に取り戻した。「中小企業の固有業種」は問題が多いといって、06年、盧武鉉政府時代に撤廃されたが、同伴成長委院会で、「中小企業適合業種」として蘇った。循環出資や出資総額制限制度は、李明博政府時代に撤廃されたが、経済民主化公約として、朴槿恵政府で復活した。このように、規制を撤廃しても、問題が生じれば、再び作る過程を繰り返している。めちゃくちゃ、つぎはぎの法案が我々の現実だ。
規制は、英語でregulation(s)だ。自由や権利の制限のみを意味するのではなく、共同体の福利のための社会的規則、一連の法令体系を指す言葉だ。法治国家で、民法や刑法のほか、(規制の多く含まれた)行政法などの法令は、当然必要だ。「全ての規制は、存在の理由がある」
したがって、「規制の10%を減らす」などのやり方では、規制改革は実現できない。規制改革を行うたびに、公務員らは、数字中心の微々たる規制のみ無くしてきたため、実質的な効果は全くなかった。発想を転換しなければならない。
経済協力開発機構(OECD)は、規制改革を「規制合理化」と定義している。金融危機後、先進諸国は規制緩和(deregulation)ではなく、よりよい規制(better regulation)、スマートな規制(smart regulation)を目指している。規制改革は、多くの金や時間のかかる課題だ。量的にアプローチするのではなく、個別法案の品質に一つ一つ目を配り、アップグレードさせなければならない。
ところが、今日も明日も、向こう見ずに次々と出てくるあの法案は、どうすればよいのだろう!






