全羅南道木浦(チョンラナムド・モクポ)で、精神的病気を患っている20代の女性が、裸のまま大通りの周辺を歩いた。通行人50人あまりと数十件の店のオーナーがこの光景を目にした。6車線のこの道を通った数百台の車の運転手も同様に、決まり悪いこの状況を見守ったはずだ。ところが、商店の従業員イ某氏(29)一人だけが、支援の手を差し伸べた。シャツのみ身につけていた彼は、道行く女性に、「ジャンパーを貸してほしい」と頼み、女性衣類販売店を3ヵ所も訪れ、「あの女性を助けてほしい」と訴えたが、いずれも断られた。イ氏の通報で出動した警察が、購入した下着を履かせ、警察のジャンパーで体を包み、車に乗せてからようやくこの騒ぎは収まった。
◆ところが、それが終わりではなかった。少なくとも10数人が、この場面を写真や動画で撮って、ネットに掲載した。配達の途中に、オートバイを止めて撮影に夢中になった人もいたし、車で追いかけながら撮った動画もネット上に出回っている。7日午前まで、ポータルサイトには木浦関連検索語として裸の女、女性動画などが掲載され、当時の写真も掲載された。書き込みには、「なかなかいいじゃん、ありがとう」という言葉が書き込まれた。
◆米ニューヨークでは1964年、20代の女性・ジェノビスが、快漢の凶器に殺害された。自分のマンション周辺の大通りで、犯人に追われる35分間、隣人38人が窓辺でこれを目撃したが、誰も通報したり、助けようとはしなかった。心理学者らは、殺人に口出ししたくないとか、自分でなくても誰かが助けるだろうという期待などを、その原因として取り上げた。他人もじっとしているから、深刻な状況ではないだろうと、間違った判断をしたためだという見方も出てきた。
◆木浦事件は、ジェノビスの事例より、一段と後味が悪い。他人の苦しみを見てばかりいても批判されるべきことなのに、それを覗き見にまで利用した。ジェノビスの事例より、介入した人たちはより多く、誰かが助けていることまで知っているながら、結局は、ポータルの目の保養として使った。スマートフォン一つで、その場で世界に向け発信できるこの時代の副作用かもしれない。道端で心臓麻痺を起こしたり、大型交通事故に会えば、「先に写真を撮って、ぜひ通報してください」という案内文が現れる服でも開発して、まとわなければならないのか。生きるためには…。
イ・ドンヨン社会部次長 argus@donga.com






