ナチスドイツのヒトラーは卓越した演説家だった。ヒトラーは、文書の作成は嫌がるタイプだったが、例外が一つあった。演説文だ。イアン・カーショーが書いた『ヒトラー権力の本質』には、「ヒトラーは自らの手で原稿を書いたが、書き始めれば数日間は夜遅くまで部屋に閉じこもって没頭した。3人の秘書がヒトラーが読み上げる内容をその場でタイプライターで打ち、ヒトラーはその内容に綿密に手を加えた」と書かれている。演説内容は陳腐ではなかったが、学識をひけらかすこともなく、聴衆に容易に伝えられた。ヒトラーは強力な印象を与えるジェスチャーを見つけるために、事前にジェスチャーを写真に撮って研究した。
◆ソ連のスターリンはすぐれた演説家ではなかった。話下手で、演説の時は事前に書かれた原稿を何度も見て読む「読書」演説だった。演説の内容も陳腐だった。迫力あふれるヒトラーの演説とは対照的だった。スターリンは容貌にも自信がなく、写真よりも肖像を好んだ。写真もほとんどが作られたものだ。スターリンの写真や肖像が不自然で、硬く見えるのもその理由だ。独裁と言っても、ドイツの西的伝統とソ連の東的伝統には差が大きい。
◆北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)氏は15日、金日成(キム・イルソン)生誕100年の記念閲兵式で、初めて公開演説をした。金正恩氏の役割モデルは父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記よりも祖父の金日成(キム・イルソン)主席だ。金総書記が行った公開演説は92年の人民軍閲兵式で、「英雄的朝鮮人民国の将兵に栄光あれ」と言ったのがすべてだ。「隠遁型芸術家」気質の金総書記は、演説が上手くなく、あえてしない主義だったのかも知れない。一方、金主席は、光復直後の平壌(ピョンヤン)での帰国演説を皮切りに、解放の政局で随時演説を行い、晩年も新年のあいさつを朗読した。
◆金正恩氏は演説で、金主席のような中低音の声を真似ようとしているのが見て取れたが、声だけが似ているだけで、金主席の威風には及ばなかった。スターリンのように原稿に頼る「読書」演説だった。それすら自信がなかったのか、緊張を解くために体を左右にゆすっていた。北朝鮮の外の観点で見るなら、演説内容も判を押したもので、20分近くも続き、食傷感を与えた。ただ、長距離ミサイルや白いマントの白馬部隊の背景がマッチして、過ぎ去りし日々のショーを見ているようだった。
宋平仁(ソン・ピョンイン)論説委員 pisong@donga.com






