ハンナラ党の金鍾仁(キム・ジョンイン)非常対策委員が李明博(イ・ミョンバク)大統領のハンナラ党離党問題について、「自ら判断しなければならない」と言って、自ら離党することを促した。非対委諮問委員の権泳臻(クォン・ヨンジン)議員も「党がまともに生まれ変わるためには、大統領は離れるのが筋だ」と言った。金委員にそういうことを言う資格があるかどうかは知らないが、親朴系(朴槿恵氏系)の見方を示したものと受け止められる。
ハンナラ党から離党要求が出るようになった一次的な責任は国政運営の責任があるMBにある。昨年末のソウル内谷洞(ネゴクドン)私邸問題、金斗宇(キム・ドゥウ)、申載旻(シン・ジェミン)氏ら側近の拘束、朴永俊(パク・ヨンジュン)元知識経済部次官が関わっていると疑われているカメルーンダイヤモンドスキャンダルは、民心を与党からさらに離れさせた。体感景気の悪化も反李明博ムードをさらに広げている。現在としては展望が暗い総選挙を控えて、ハンナラ党非対委が李大統領との「絶縁」に取り組む事情もうなずける。
李大統領は07年の大統領選で、相手の鄭東泳(チョン・ドンヨン)候補に531万票差で勝った。大統領選の敗北で落胆した親盧系(故盧武鉉前大統領系)は自らを「廃族」と皮肉って、舞台を降りた。その親盧グループが10年6・2地方選挙に続き、1・15民主統合党党大会を機に野党陣営の実質的な主導勢力として復活した。わずか3〜4年ぶりにドラマのように政治地形が逆転したのだ。李大統領と親李勢力はその責任を免れない。
1987年大統領直接選挙制導入以後、盧泰愚(ノ・テウ)、金泳三(キム・ヨンサム)、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領はみんな与党を離れた。大統領らが自分たちが作った党に捨てられる歴史が例外なく繰り返されたのだ。盧泰愚元大統領を圧迫して離党に追い込んだ金永三元大統領は、次男の金賢哲(ヒョンチョル)氏の汚職が浮き彫りになり、李会昌(イ・フェチャン)候補と対立して離党した。金大中元大統領は息子3兄弟の汚職事件で、盧武鉉前大統領も任期末の国政失敗に負担を感じたヨルリン・ウリ党の圧迫に耐え切れずにそれぞれ党を離れた。任期末の大統領の離党は、成熟していない韓国政党史のゆがんだ自画像だ。大統領府は「一々対応しない」と言っているが、李大統領は引き続き圧迫されるだろう。
ハンナラ党の一部では李大統領が離党すれば、変化の新しい転機が訪れると期待しているが、差別化が救世主になるわけではない。盧武鉉前大統領は、大統領選候補時代に「(金大中政権の)資産と負債を全て引き取る」と言って危機を突破した。国民は大統領の離党だけでハンナラ党が変わったとは信じないだろう。真の自己反省と「国民に意味のある」刷新が先だ。






