大韓民国のシンボルである太極旗(テグクキ)が、1883年(高宗20年)、公式国旗として採択されて以来初めて、国家の文化財となる。
文化財庁は6日、「建国60周年の今年の光復節(日本植民地支配からの独立記念日=8月15日)に当たり、独立運動史と現代史に足跡を残した太極旗のうち、歴史的価値の高い太極旗を近代文化財に登録する方針だ」と明らかにした。
文化財庁はこのため、独立記念館、国史編纂委員会、梨花(イファ)女子大博物館、河南(ハナム)歴史博物館などが所蔵する太極旗29点を調査中であり、今月中に結論を出す予定だ。このうち、梨花女子大博物館が所蔵する「臨時政府の太極旗」や「金九(キム・グ)署名の太極旗」(独立記念館所蔵)、義兵長・趙炳舜(チョ・ビョンスン)の「不遠復の太極旗」(同)などが登録文化財になるものとみられる。
「臨時政府の太極旗」(横257.5センチ、縦128センチ、写真提供〓文化財庁)は、尹奉吉(ユン・ボンギル、1908〜1932)義士が1932年、中国上海の虹口公園で爆弾を投げる前にこの前で誓ったことが確認された、上海臨時政府の公式太極旗だ。
「金九署名の太極旗」(横60センチ、縦45センチ、1941年製作・写真提供〓ソン・ミョンホ氏)は、白凡(ペクボム)が島山・安昌浩(トサン、アン・チャンホ)先生の夫人、イ・ヘリョン女史に贈ったものだ。白凡はこの太極旗に、署名とともに「亡国の悲しみを免れるため、自由と幸福を享受するために、精力と人力と物力を光復軍に捧げ、強弩末勢の怨讐である日本を打倒し、祖国の光復を完成しよう」という書簡を残した。
「不遠復の太極旗」(横129センチ、縦82センチ、1907年製作、写真提供=ソン・ミョンホ氏)は、日本統治時代に全羅南道求礼(チョンラナムド・クレ)で活動した義兵長・趙炳舜が「不遠復(戻る日は近い)」と書き、日本軍と戦う時に使ったものだ。
この他、韓国戦争当時、米海兵隊員が韓国市民からプレゼントされ、約55年後の2005年に京畿道(キョンギド)河南市に寄贈した太極旗(横85センチ、縦67.5センチ、1952〜53年製作推定、河南市歴史博物館所長、写真提供=文化財庁)、日本統治時代に韓国人メキシコ移民が使った太極旗(横44センチ、縦31センチ、国史編纂委員会所蔵、写真提供=文化財庁)なども登録文化財になるものとみられる。
李萬烈(イ・マンヨル)文化財委員会・近代文化財分科委員長は、「いつ、どこで、どのように太極旗が使われたのか、時代状況によって太極旗にどんな模様や文字を書き込んだかなど、太極旗に歴史的価値を与えるという点で大きな意味がある」と話す。
zeitung@donga.com






