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SKのチョ・ウンチョンは「ブルペンの不死鳥」 

SKのチョ・ウンチョンは「ブルペンの不死鳥」 

Posted May. 10, 2007 08:18,   

今季、トップをマークしているプロ野球SKの一日は二つに分けられる。投手のチョ・ウンチョン(36・写真)が登板する日と登板しない日。9日現在、27試合の中でチョ・ウンチョンは15試合に出場した。これは今に始まったことではない。チョ・ウンチョンは1996年から昨年まで11年連続50試合以上、登板した。今年も50試合出場は無難な見通しだ。先月19日、KIAとの試合では史上初めて投手700試合出場記録を立てた。

▲ボールを2、3球投げれば準備OK、ゴムの腕を自慢〓一般にこんなに投げていたら、肩や肘を痛めるのが普通だ。しかし、1990年デビューして以来、彼は18年間、どこかを痛めたことがない。チョ・ウンチョンは、他の選手に比べて肩の疲れが早く取れる。練習投球で3、4球だけ投げて準備完了だ。本人も「生まれつきの中継ぎ」と言っている。

普段、ボールを非常に大事にする。ブルペンピッチングをあまりしないのはもちろん、キャッチボールの回数も最小限に減らす。

▲1990年には1000万ウォンの練習生…03年には4年間で17億ウォンのFA契約〓デビュー当時、チョ・ウンチョンは脚光を浴びる投手ではなかった。1990年、練習生として年俸1000万ウォンをもらうことにして太平洋(テピョンヤン)に入団した。最初の何年間かは試合にもあまり出られなかった。ただ春より秋によいプレーをして、やっとの思いで選手生活を続けることができた。

1994年シーズン後、整理通達を受けた後、「来年も駄目だったら、野菜の商売をしている父親の仕事を助ける」と、背水の陣を敷いた。トラックを運転するため、1種の免許も取った。ところが、翌年「どうにでもなれ」とやたらに投げたのが、思いがけない成功をもたらした。1種免許は要らなくなった。

1999年シーズン後、再び危機がやってきたが、秋のキャンプでシンカーを身につけて、長寿の土台を作った。チョ・ウンチョンは03年末、中継ぎとしては初めて4年間17億5000万ウォンで自由契約選手(FA)の契約をした。

▲後輩の中継ぎ投手のため、「細いが長い」野球人生を続けていく〓しかし、スポットライトはいつも彼のものではなかった。いわゆる「中継ぎ」投手であるからだ。先発投手は勝利、締めくくりはセーブという結実を手にする。しかし、毎試合待機しながら危機の瞬間に投入される中継ぎ投手に対する待遇は相対的に薄情だ。

チョ・ウンチョンは「先発投手のクォリティー・スタート(6イニング以上3自責以下)を平均自責で計算すると4.50だ。中間投手にそのような成績は『火のショー』の水準だ」と話す。さらに「僕がうまくやってよい待遇を受けるのが、苦労している後輩の中継ぎ投手のためになる道だ」と述べた。

「短くて太い」姿が脚光を浴びているこの世で、チョ・ウンチョンの野球人生は「細いが長く」続けられている。光り輝くわけではないが、彼は堂々と自分の道を歩んでいる。



uni@donga.com