
身長154cm、吹けば飛ぶようなか細い体。剣一つ持って、1カ月以上、欧州を回った。その間、国際フェンシング連盟(FIE)が発表するフレーレ女子世界ランキングで3週連続、第1位に上がった。
27日午後、仁川(インチョン)国際空港入国場。25日、フランスで幕を閉じた国際グランプリ大会など二つのメジャー大会で準優勝した後帰国したナム・ヒョンヒ(26、ソウル市役所、写真)に会った。
ナム・ヒョンヒは、「世界第1位を長い間守って行きたい。北京五輪でも金メダルを取るのが目標だ」と話した。昨年、整形手術波紋を乗り越え、世界トップに立ったナム・ヒョンヒの26年の生を聞いてみた。
●闘鶏
背が低いために「ピーナッツ」と言われていますが、もともと私のニックネームは「闘鶏」です。普段はおとなしく先後輩との付き合いもいいけれど、競技場に出ると自分も知らぬ間に闘士になります。負けたくないという勝負師気質が発動するのです。
外国選手は私より頭一つくらいは大きいけど、怖くありません。早足で動きながら守備をし、相手のすきを狙うのです。剣で正確に攻撃した時の快感といったら…。(笑い)
●根性
海外に滞在する間、携帯電話の海外ローミング(通話領域を広げるサービス)をしませんでした。韓国に電話をすれば、韓国が恋しくて運動に集中できないからです。
ナム・ヒョンヒを指導して6年目のチョ・ジョンヒョン・ソウル市役所監督は、「ヒョンヒは、どんなに体の具合が悪くても、1日6時間のトレーニングを必ず守るほど、徹底して自己管理をする」と語った。
●忘れられない思い出
韓国フェンシング歴史上、初の金メダルを占めた05年ドイツ世界フェンシング選手権女子フレーレ団体戦が記憶に残っています。ルーマニアとの決勝戦で18−19で負けていた時、私の出番になりました。相手のすきを狙った攻撃が成功し、20−19の逆転勝ちをおさめたのです。
●整形
以前から、左のまつげが目に入って炎症で苦労しました。病院に行ったら、二重まぶたの手術を勧められました。整形手術直後、非難が殺到したけど、黙々とトレーニングに励みました。
昨年12月、カタール・ドーハ・アジア大会で、フェンシング・フレーレ個人と団体戦で金メダルを取った後から、私を見る目が変わったようです。率直に言って、悔しくも思いました。女性がきれいになりたくて整形手術をすることが悪いんですか。運動選手が整形するのはいけないことなのでしょうか…。
●愛そして未来
同い年のボーイフレンドであるウォン・ウヨン(国家代表フェンシング選手)と高校の時から付き合って9年目です。二人とも運動選手なのでいろいろと長所があります。結婚は、来年の北京五輪で金メダルを取った後で考えます。
後で、機会があれば、フェンシング指導者になりたいです。未来のフェンシング世界ランキング第1位の選手を育てることも意味あることです。
●14歳の少女、剣を取る
城南(ソンナム)女子中1年生の時、クラスで背が一番小さかったのに、体育時間に幅跳びで1位をしたんです。体育の先生に「足が早くて身体が柔軟だからフェンシングをしてみたら」と勧められたのが、フェンシングとの初めての縁になりました。
フェンシングは、前後左右に動きながら剣で相手を攻撃する動作が面白かったです。トレーニングがたいへんで疲れた時もありましたが、「トレーニングの時泣いても、試合で笑おう」という思いでここまで来ました。
ナム・ヒョンヒは帰国するやいなや、済州(チェジュ)行きの飛行機に乗るため、金浦(キンポ)空港に向かった。実業連盟会長盃フェンシング大会に参加するためだ。「足の負傷のため競技には出られないけど、同僚選手たちを応援しに行きます」と言うナム・ヒョンヒが、「小さな巨人」のように感じられた。
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