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「勇気を出してください…5本の足の指がなくても走ります」

「勇気を出してください…5本の足の指がなくても走ります」

Posted February. 27, 2007 06:54,   

「自分の体の10センチほどをなくしたが、分かち合いや奉仕という言葉が、私の5本の足指の代わりを果たしています」

1972年の東亜(トンア)マラソン大会への参加以来35年ぶりに、3月18日にソウルで開かれる「07年ソウル国際マラソン大会兼第78回東亜マラソン大会」に再び参加する在豪州韓国人の朴ジョンアムさん(55)は、マラソンに何ら問題もないように見受けられた。彼は日焼けした顔に181センチの頑丈な体つきだった。

高校の時、全国陸上選手権大会5000メートル競技の出場したほど陸上に素質のあった朴さんは、マラソンが好きでフル・コースだけで16回も完走した。

しかし、現在、朴さんは右足の指を含めて、3分の1ほどが切り取られた2級労災障害者だ。彼の左足の運動靴のサイズは29センチだが、右足のほうは19センチだ。

朴さんは1981年に豪州に技術移民として渡って多国籍製油会社に勤務しながら、現場の工事監督を担当した。陸上選手として活動しながら、職場でもサッカー選手として活動して、誰よりも健康だった朴さんは2000年、工事現場で人生の転換点を迎える。

数十トンの油タンクを吊り上げていたクレーン技師に、無線機で指示を与えていた朴さんは、「吊り上げなさい」という言葉をミスで「おろしなさい」と言ってしまった。瞬間、朴さんの頭上にあったタンクは、朴さんの目の前に落ちた。

この事故で朴さんの右足が下敷きになり、同僚たちが6時間の救助活動の末、ようやく彼を引きずり出したが、朴さんの右足の指の骨はこなごなとなり、接合手術すらできなかった。結局、医師は彼の全ての足指を切断しなければならなかった。その後も細菌感染で4回も追加で切り取られた。

朴さんは、「主治医からリハビリを受けても、松葉杖や杖がないと歩けないと言われた。どうして自分にこのような試練が襲われてきたのかと絶望しながら毎晩、涙して、枕が濡れるほどだった」と振り返った。

うつ病にかかって人に会うことすら嫌がっていた朴さんに、ある日、奥さんが聖堂で一緒に無料給食ボランティアをしようと提案した。

身動きすらままならぬ彼だったが、妻の手に引かれて始めたボランティア活動を通じて、自分よりまずしい環境に置かれている人たちと接しながら、彼らに比べたら自分の障害なんてなんでもないと考え始めるようになった。

朴さんは事故以来、水中治療や登山など世間に知られている全てのリハビリを受けて、車椅子から松葉杖に、松葉杖から杖へと次第によくなっていき、ようやくリハビリを始めた5年目で杖がなくても普通の人のように歩けるようになった。

「最初は周りの全ての人たちから、もう二度と普通の人のように歩けることはできないと言われました。でも私は今、歩いて走って、このようにマラソンまでできるようになりました。絶対克服するとの意思さえあれば奇跡も起こるし、できない事なんて何にもないと思います」

補助器具なしに歩けるようになり、走ることもできると思った朴さんは、1年間再び足の筋肉の強化トレーニングを続けて、今は見た目だけでは普通の人と全く変わらないように走れるようになった。

普通の人なら体全体の1%に当たる足の小指だけなくなっても歩くのが大変で、足をひきずったりするが、朴さんは自分の障害を自分の意志をもって克服したのだ。

「今回の東亜マラソンでは記録にこだわらないつもりです。走れることだけに感謝し、私のような障害者たちに希望を与えるために、最後まで走りきるつもりです」

朴さんは来月1日から15日まで、釜山(プサン)からソウルまで、自分よりもっと厳しい環境の障害者を手助けするための基金募集のためのマラソン・イベントを計画した。

豪州でエンジニアリング会社を経営しながら家族と一緒に暮らしている朴さんは、このため昨年12月から準備を始め、22日に韓国を訪れた。

イベントの前にボランティア団体に730万ウォン余りを寄付した朴さんは、15日間で16の都市を走ったり、自転車で走りながら募金運動を展開する。

また、朴さんは毎年韓国にきて、障害者たちに希望や勇気を与える全国マラソンを続ける計画だと付け加えた。

寄付の問い合わせはワールド・ビジョン02−2078−7000、www.worldvision.or.kr



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