お弁当のない時間/学校の裏庭に座って空を見上げ/狭い板の間を敷いて/シラミを取る/お腹がすいているのを忘れ、おもしろい//学校が終わり/家に帰る途中に/占いをする/炊飯にご飯があるかな//炊飯が冷たければ/ばたっと座り込めば/台所も座り込む//炊飯が暖かければ/ご飯を食べなくても/お腹がいっぱいだ(金サビンの詩「お弁当がない時」より)。詩人だけでなく平凡な40、50代なら、お弁当をこしらえて来ることができず食事を欠かしたつらい少年期の記憶を持っている人が多いだろう。
◆国民所得2万ドルに向かっているこの時代に、ご飯を食べられない子どもたちがいるという事実は信じがたい話だが、現実のことだ。欠食の理由が過去より多様ではある。お金がなくてはなく、お弁当を作ってくれる親がいなくて、あるいは、恥ずかしくて集団給食所を尋ねることができなくて、または、バウチャー(引替え券)でお菓子や飲み物を買ってしまったため、などなど。05年1月、済州道西帰浦市(チェジュド・ソグィポシ)の「粗末過ぎるお弁当」波紋の時に、政府が改善対策を儲けてから2年が経ったが、あまり変わったとも言えない。休みの期間中には事情がもっと悪くなっている。
◆このような中で、京畿道九里市(キョンギド・クリシ)は民官が力を合わせ、欠食児童と独居老人に毎日、暖かいお弁当を提供し目を引いている。九里市は暖かいご飯を提供するため、予算で保温お弁当を購入した。セマウル(新しい村との意)婦女会、ライオンズクラブなど奉仕団体は毎日午前、変わりばんこに九里市社会福祉館調理室でご飯とおかずを作っている。九里市8カ洞の教会と役場のボランティアたちが、保温お弁当に入った暖かいご飯とおかずを子どもたちの家に配達する。
◆「九里市モデル」の最大の特徴は、民間部門の資源と力量を活用し、料理と配達過程の人件費をなくしたのが特徴だ。節減された費用で質のよいお弁当をつくり、ボランティアには隣人愛の機会を提供してるので、まさに「ウィンーウィン」だ。毎週木曜日、妻と6歳の子どもと一緒にお弁当配達をする市民の李ウォンヨン(43、九里市インチャン洞)氏は、「職場のため時間を作るのは難しいが、お弁当を受け取って喜ぶ子どもたちのため、4年間これをしている」と話した。九里市のお弁当には元気な市民の力が盛り込められている。
鄭星姫(チョン・ソンヒ)論説委員 shchung@donga.com






