米国の対外政策路線は、本当に航路を変えるのか。
「11・7中間選挙」後、ブッシュ政府が、「力の外交」から「父ブッシュ」時代の外交路線に旋回しているという観測が流れている。
「父ブッシュの人脈が、ブッシュ政府の救助隊の役割をしている。イラク問題に関する限り、イデオロギー(理念)に対するプラグマティズム(実用主義)の勝利に映る」(ニューズウィーク)
「初期共和党の外交政策への回帰だ」(ニューヨークタイムズ)
「ネオコン(新保守主義)から『ファザコン(father-con=父ブッシュ時代の保守主義)』への回帰」という表現まで出ている。
このような分析は、ロバート・ゲーツ次期国防長官が、「父ブッシュ」政府時代の現実主義路線を歩んだブレント・スカウクロフト大統領補佐官(国家安全保障担当)の下で、2年間、副補佐官を務めたという点に根拠を置いている。
ライス国務長官も当時、ゲーツ副補佐官の下で、ロシア担当として働いた穏健保守派という点をあげ、今後、対外政策の決定過程で国務省が主導し、国防総省と国家安保会議(NSC)内の穏健保守派たちが後押しする構図が形成されるという観測も出ている。
特にゲーツ次期長官が、イランの核問題と関連し、2004年にズビグネフ・ブレジンスキー元大統領補佐官(国家安全保障担当)が率いる研究チームに合流し、イランとの直接対話を主張したことをあげ、北朝鮮核問題に対しても、直接対話論に力を与える役割をするという展望も出ている。
しかし、「父ブッシュ」時代の1989年、ノリエガ将軍の逮捕のために武力使用も辞さなかったパナマ侵攻の例をあげ、対外政策の質的変化を予想するのは短見だとも分析されている。
『ウルカヌスの群像—ブッシュ政権とイラク戦争』の著者ジェームズ・マンは、最近コラムで、「1989年、ソ連のゴルバチョフ共産党書記長をどのように扱うかをめぐり、政府内で論議が起こった時、強硬派の先鋒はゲーツ副補佐官であり、ゲーツ副補佐官を積極的に支持したのは、まさにチェイニー国防長官だった」と指摘した。国防長官の更迭は、イラク政策に問題があることを認めたこと以上でも以下でもないということだ。
ブッシュ元大統領は、「(ブッシュ大統領が)毎日母親に安否の電話をかける」と話した。一部のうわさのように、ブッシュ大統領と父のブッシュ元大統領の仲は悪くないということだ。しかし、対外政策、特にイラク問題においては、親子が大きな相違を見せてきた。
特にネオコンたちは、「1991年の湾岸戦争当時、サダム・フセイン政権を追い出さずに戦争を止めたことで、クルド族に対する虐殺が行われた。その後、フセイン政権を牽制するために、サウジアラビアに米軍を駐留させたが、これにより、イスラム根本主義者たちが外勢排撃を掲げ、若者たちをテロ戦線に送り出す有用な名分を与えた」と非難してきた。
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