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光復61年、大韓民国はどう変わったか

Posted August. 15, 2006 03:13,   

光復(クァンボク=日本植民地支配からの独立)を迎えてから61年。その間、韓国人はどれだけ豊かになったのか。

統計庁が14日に発表した「統計で見る8・15光復以後経済・社会の変化像」によると、1人あたり国民所得(GNI)は1953年67ドルから昨年には243倍の1万6291ドルに急増した。

都市労働者世帯の月平均所得は、1963年5990ウォンから、05年には542.5倍の325万ウォンに増えた。

その間の物価上昇は計算に含まれてないものの、光復後、「大韓民国号」が目まぐるしく発展してきたことがわかる。

●家計支出はグルメ志向

韓国の国内総生産(GDP)は、1953年13億ドルから、昨年7875億ドルに増えた。52年間で605.8に増加したわけだ。また、1人あたりGNIは243倍に増加した。

貧しかった時代には稼いだお金より使ったお金が多かった。1963年当時、都市労働者世帯は一月に5990ウォンを稼ぎ、6330ウォンを使った。食料品費が全体支出の3分の2(61.3%)に達した。

しかし、家計支出の中で食費の占める比重は、昨年26.6%に急減した。

その代わり、交通と通信、教養、娯楽などに使うお金が増えた。家計支出の中で交通・通信費の占める比重は1963年2.6%から昨年17.4%に、教養・娯楽費は0.7%から5.0%にそれぞれ増えた。

外食も多くなり、食費の中で外食費の占める比重は、1953年7.5%だったが、昨年には48.5%に増加した。

1960年には8000人あまりにすぎなかった海外旅人は、昨年950万人あまりに増え、海外旅行で使った金は1960年1人あたり582ドルから昨年1612ドルに増えた。

●40年前の1万ウォンの価値、今の351ウォン

物価も大幅に上がった。

05年の消費者物価は1965年に比べ28.5倍に上昇した。1965年当時の1万ウォンが昨年351ウォンになったわけだ。

総人口は昨年4829万4000人で、1949年2018万9000人に比べて2.4倍に増えた。

少しではあるが国土面積も広くなった。1949年には9万3634平方キロメートルだったが、干拓事業などを通じて昨年には9万9646平方キロメートルで6.4%広くなった。

歳月が経つにつれて、減少したものもある。

小学校教師1人あたりの学生数は1952年60.2人から05年25.1人に、中学校は41.8人から19.4人に、高等学校は37.9人から15.1人にすべて半分以下に減った。

医者1人あたり人口も、1953年3347人から、04年468人に大幅に減った。

交通事故100件あたり死亡者は、1951年77.4人だったが、昨年は3.0人に減った。

しかし、交通事故死亡者は同期間に7倍に増加したものと明らかになった。交通事故発生件数が増えたためだ。

光復以後の最大の自然災害は、1959年、慶尚道(キョンサンド)と全羅道(チョルラド)地方を襲った台風「サラ」。当時、849人が死亡または行方不明になり、37万人の被害者が発生した。

火事の中で「最悪」は1971年12月25日に発生したソウルのテヨンガク・ホテル火事で、死亡163人、負傷63人の計226人の人命被害を出した。



sublime@donga.com