韓国の政治史に明滅した政党は100を超える。韓民党、民国党、民主党、共和党、新民党など記憶に残る党も多く、官報に名前だけ残して消えた「ペーパー政党」も数多い。看板ばかり数度も変えた政党もある。「20年にもならない政治人生で、私に無関係のところで党が4回も変わった。海外の友人に会うたび、名刺が変わるのを見て驚かれる」。姜在渉(カン・ジェソプ)ハンナラ党議員の話だ。
◆全斗煥(チョン・ドゥファン)政権時の与党・民正党は、盧泰愚(ノ・テウ)政権期に民自党へ、また、金泳三(キム・ヨンサム)政権期に新韓国党へと変身した。そして9年前、李会昌(イ・フェチャン)大統領候補を中心に党名をハンナラ党に変えて今日に至る。このように、政権と人物を中心に仮のいれものをつくって看板を変えてきたのが政党史だ。その看板に自由・民主・共和・統一・民族・民権・新民・平和・正義・韓国・国民のようなもっともらしい単語を選んで使ったため、もはや使う語彙がなくなってしまった。
◆新しい政党を作ろうとしても過去の党名を使う以外に方法がない。そこで登場したのが、自民連未来連合のような「連合」や、新政治国民会議や国民統合21のような代案党名だ。それでも関心を集められなくなると、ヨルリン・ウリ党のようなアイデアが出た。しかし、これも名案とはいえなさそうだ。「ヨル・ウ党では皮肉だ。『ウリ党』と呼んでください」と訴えてきたが、素直にそう呼んだ人はいない。まして、党のホームページに「党名のための申告センター」までつくって「ヨルウ党」撲滅に取り組むのはどんなものか。問題は名前のせいではなく、政治の内容のせいであるはずなのに。
◆忠清南道(チュンチョンナムド)の沈大平(シム・デピョン)知事や李仁済(イ・インジェ)議員など忠清圏の政治家が「国民中心党」をつくった。「国民」が濫用されることから「中心」をつけて差別化をはかろうとしているようだ。「引っくり返そうとする急進改革は進歩ではない。既得権にこだわる守旧は保守ではない。合理的保守と穏健な進歩を目指す」。初発の弁としては立派だ。しかし政治が言葉通りに行われてきたか。もしも、「忠青中心党」となって地方選挙にだけ対応し、政局の「キャスティングボート」握ろうするような発想なら「国民外党」と呼ばれないともかぎらない。
金忠植(キム・チュンシク)論説委員 skim@donga.com