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[オピニオン]「文化財慣らし」

Posted October. 19, 2004 23:31,   

西洋の宮廷は生きている。王と王妃、王子と王女が暮していたり、博物館または記念館として生きている空間である。しかし、韓国の宮廷は死んでいる。王政が終焉を告げてからは、王族もまた亡国の恨みを背負って歴史の中へ消え去ったのだ。ソウルには五つの大きい古宮があるが、観覧時間が終わればすぐ死んだ空間になってしまう。ローマ、ロンドン、パリには帝国の栄辱と悠久な歴史が相変らず残っているが、ソウルは朝鮮王朝500年の剥製された歴史が息をしているだけだ。

◆人の手と温もりが感じられない文化財は骨董品に他ならない。面白いのは、人の手が届かないからといって、文化財がもっと綺麗に保存されるわけではないという事実だ。木造建築物や楽器などは、人の息づかいと手垢が適当に付く方が良いという。みすぼらしいわらやでも人が丁寧に手入れすると、何百年を耐えられるが、立派な瓦の家でも人が離れれば、すぐ廃家になってしまうのと同じ論理だ。

◆19日午後、慶会樓(キョンフェル、国宝第224号)では素朴だが意義深い行事が催された。約40年間、一般人の入場が禁じられてきた慶会樓の一般公開を控えて、「床磨き」の行事が開かれたのだ。参加者たちは雑巾とほうきを持ってきて、広々とした2階の床を念入りに掃除した。早ければ来年1月から慶会樓を一般に開放するが、2階に限ってはインターネット予約を通じて制限的に別途の有料観覧を許可する方針だという。昌徳宮(チャンドクグン)後苑に続いてもう一つの出入り禁止区域が解禁されたのだ。

◆太宗(テジョン)12年(1412年)に建立され、高宗(コジョン)4年(1867年)に重建された慶会樓は建物面積290坪、池の面積4375坪の規模で、我が国の樓閣のうち最大規模を誇る。勤政殿(クンジョンジョン)が王の執務空間だとすれば、慶会樓は思索と休憩、そして王と臣下のめでたい出会いが行われた空間だ。韓国美の最大眼識の故崔淳雨(チェ・スンウ)先生は、慶会樓全体を支えている48本の花崗岩の石柱を韓国建築美の白眉に挙げた。晩秋、慶会樓の2階で向い合う仁王山(インワンサン)の風景もまた、ソウルきっての景観と呼ばれる。

呉明哲(オ・ミョンチョル)論説委員 oscar@donga.com