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「なぜ負けた?」北京復活の原点 バトミントン羅景民

「なぜ負けた?」北京復活の原点 バトミントン羅景民

Posted September. 08, 2004 22:28,   

ラケットを逆に握っても金は確実とまで言われた。アテネ五輪直前まで14の大会で連続優勝し、70連勝を突き進んでいただけに、誰もが金メダルを期待していた。シャトルコック史上最強の混合ダブルスとして評価されていた羅景民(ナ・ギョンミン、大教ヌンノピ)と金東文(キム・ドンムン、三星電機)組の五輪準備はそれほど抜かりなく見えた。

●デンマークの選手に予想外の敗退

だが、金‐羅組はアテネオリンピックベスト8を決める試合でデンマークのラスムセン‐オルセン組という予想外の強敵に出会い、まさかの敗退を喫した。

「どうして負けたのかも分からないくらいでした。」8日、ソウル広壮洞にある大教ヌンノピバトミントンチーム宿舎で出会った羅景民(28)は未だその時のショックから抜け出せないでいるようだった。「何も聞かないでください。申し上げることもないし、全てが未定のままです。」

羅景民はアテネ五輪が終わったら、全ての重荷を肩から下ろして休むつもりだった。心ゆくまで休息をとり、思い切り食べ、心に描いた場所を旅しながら。だが、「100%の確率」と言われた金メダル獲得に失敗し、羅景民はブラックホールに落ちこんだかのように何もできなかった。

大教ヌンノピのソ・ミョンウォン監督が説得して、10日から開かれる2004全国秋季実業選手権大会に参加することになり、6日からチームに合流したが、まだラケットを握りたくないと明かした。

「私に何ができるだろう」。羅景民の脱力感は思ったより深刻だった。五輪を終えて帰国した時、羅景民はバトミントンを辞め、準備していた大学院(韓国体育大学博士課程)も諦めると明かして周囲を驚かせた。幸い、ソ監督の説得で今後1〜2年は選手生活を続けると気を取り直したが、過去を吹っ切って新しくスタートするのはたやすくはなさそうだ。

「4年前、シドニー五輪のベスト8戦で負けたときもそうでした。全く予想していなかった敗北に試合中はもちろん、試合終了後も頭の中が真っ白でした。私は『負け方』を知らなかったんだと思います。それを知らなかったから、今でもこんな状態なんだと思います」

●「なぜ負けたのか」その答えを見出してから進路決定

96年のアトランタ五輪直前に混合ダブルスに初めて仲間入りした羅景民は朴柱奉(パク・ジュボン)、金東文と相次いで息を合わせて出場し、国際大会で負けたのはたったの五回。そのうち、最も衝撃的な敗北を過去2回の五輪ベスト8戦で味わっている。

一体、負ける理由がなかったのになぜ負けたのだろうか?韓国代表から降りるか、2008年北京オリンピックに再挑戦するかの岐路に立っている羅景民は「その答えを見つけたとき、またラケットを握る力が出てきそうです」と語った。

「悔しい負け方をして、その場でラケットを叩き割りたくなかったですか?」との質問に、

「大事なラケットをどうして折るんですか。これまで1度もそんなことはなかったし、これからもありません」。

小学校4年の頃から握ったラケットは今でも変わらず羅景民の希望だ。4年後の北京で彼女の「3転4起」が見られることを期待したい。



金尙浩 hyangsan@donga.com