ドイツの、ある音楽評論家は「穏やかな酷評」で有名だ。仮に、ある声楽家のリサイタルが期待に及ばなかった場合、彼は「最低」とか「器量が以前より劣る」とか言う代りに「私は、彼(彼女)の見事なステージを何回となく記憶している」といったスタイル。酷評を受けた側も、彼の愛情に満ちた批評については、肯かざるをえないという。同じ事を言うにも「微妙な表現」によって変わってくるのである。
◆米国の黒人は、建国初期「アフリカン(African・アフリカ人)」と呼ばれた。奴隷制度が厳しくなるにつれ「ニグロ(negro・黒んぼ)」という軽蔑的な単語が一般化し、1960年代、黒人による民権運動が盛んになり「ブラック(black・黒人)」に変った。1980年代の黒人人権運動家や知識人たちは、自らを「アフリカンアメリカン(African—American・アフリカ系米国人)と呼び始めた。お陰で、東洋人たちも「オリエンタル(oriental)」という卑しみを込めた表現の代りに「アジアンアメリカン」と呼ばれるようになった。
◆このように、時代によって用語の選び方も変わってくる。米国では、性別において「セックス(sex)」の代りに「ジェンダー(gender)」という用語を、「人種(race)」よりは「民族(ethnicity)」という単語を使っている。また、性差別問題を考慮して「スチュワーデス(stewardess)」を「客室乗務員(fright attendant)」と呼んでいる。「主婦(housewife)」の代りに「家事工学者(domestic engineer)」という用語を勧め、「売春婦(prostitute)」を「性的代用人(sex surrogate)」と記すこともある。「はげ頭(bald)」を「櫛から自由な(comb—free)」と表現する場合もある。
◆国政広報処長が、各省庁の長官室に「参考資料」を送り「マスコミに対し、現政府の政策について説明する場合『左翼(leftist)』や『左翼的(left—leaning)』という用語の代りに『改革派(reformist)』という表現を使ってもらいたい」と要請した。欧州では、左翼という用語が「修正主義」程度の意味で捉えられているが、韓国の場合「急進」あるいは「親北」勢力であるかのごとくに誤解されているからだ。どうか、執権勢力が「改革」という用語の真の意味を正しく理解して、実践に移してもらいたいものだ。バラは、どんな名前で呼ばれようが、香りを失わないものだ。
呉明哲(オ・ミョンチョル)論説委員 oscar@donga.com






