Go to contents

[社説]新年には経済再生に一役を

Posted December. 31, 2003 23:15,   

甲申年の新年が明けた。しかし、国と国民が直面した現実は厳しく、一寸先は暗闇である。経済と民生を安定軌道に乗せるには不安定要素が多すぎ、悪循環を打開できる突破口が見えてこない。北朝鮮の核問題、韓米同盟と協力関係の変化など安保・外交面でも緊張が解けず、むしろ増していく恐れもある。この難題に全力で取り組むべくはずの政府と政界は無能な上、道徳性の喪失でリーダーシップを失い、確執と対立ばかりを繰り返している。このままでは「ともに富める国」ではなく、「ともに夢をあきらめる国」へと墜落していくのではないかという危機感が高まっている。

しかし、大韓民国は、わが韓国人は、ここであきらめるわけにはいかない。ここで崩れたら、後まで自己軽蔑から抜け出せず、ろくでないコリアンと世界からあざ笑われ、恥じと苦痛の中で生きていかなければならなくなる。それがいやなら、国と国民は彷徨を早くやめ、自ら立ち直るしかない。危機を乗り越え、再跳躍の夢を叶えなければならない。漢江の奇跡を起こし、一丸になる力をオリンピックとワールドカップを通じて経験した私たちだ。

国運の岐路に立って冷静になる必要がある。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の側近と政界の不正は、それはそれで法に則って処理する一方で、国全体と経済がこの問題に巻き込まれて動きも取れない状態からは抜け出なければならない。検察と特別検事は違法な選挙資金や権力絡みの不正の真実を一点の疑いもなく解明し、当事者らは法と有権者による審判に従えばいい。盧大統領は刑事訴追は受けないとしても自ら責任を取る姿を見せるべきだ。これを踏まえて、腐敗政治が必然的に迎える結末を政界と国民がともに直視し、金権政治と政経癒着の固い鎖を断つ制度と慣行を作らなければならない。その過程と結果こそが崩壊した国の基本を建て直す第一歩になる。

昨年私たちが失ったもので最も重要なのは国の基本だった。法制度と原則、秩序を破壊し、不法と不正を非難し合いながらともに犯してしまい、力によって善悪を区分する勝手を常識のようにしてしまった。特に政権、立法権力、政策権力は権威主義の清算ではなく、法の権威を揺るがす先頭に立ち、法と原則に服しない社会ムードを高揚させた。法治と資本主義の市場論理を軽視し、経済の不確実さも高めた。権力と政界が力や世論に頼るより、法に従って法の権威を守っていたら、違法な集団行動とそれによる国家的な損失を減らし、経済の活力も強めることができたはずだ。これからでも意地っ張りや仲間主義ではない法治によって国の秩序を建て直し、憲法の基本である民主主義市場経済に息を吹き込まなければならない。

4月の第17代総選挙はこの国にとって剣が峰になる。選挙までの過程や有権者の選択により後進的な旧態政治の枠を打ち砕く画期的な進展を遂げない限り、国の再建はまたもや遠のいてしまう。盧大統領の責務が重いことは言うまでもないが、ハンナラ党をはじめ各政党の自己反省と自己浄化も欠かせない。有権者も今回の総選挙をよりきれいで健康な新勢力を登場させる契機にすべきだ。

新年は国の基本の建て直しとともに経済復活の転機にすべきだ。経済は経済として動くようにしなければならない。昨年はかっ藤や分裂、政争の大混乱の中で、国力が衰え、経済と民生の漂流が放置されたため、国の成長潜在力が大きく低下した。輸出を除いては政策不在、労使紛糾、投資不成立、雇用不安、家計困難、信用不良、消費不振、景気不況、社会不満、未来不信の悪循環に陥った。

新政府の出だしから右往左往せず、企業の競争力と投資への促進に焦点を合わせて労使問題に一貫して対処し、企業に対する悪性的な規制を大胆に取り除くべきだった。また、信用危機に早期に対応すべきだった。自由市場主義に反する理念で経済を捻じ曲げるべきではなかった。もしそうしていたら、低成長、産業空洞化、働き口の減少、金融の不安定化が、これほどまでに深刻化することはなかった。もはやまごついている暇などない。競争国たちは成長に加速がついているというのに、われわれだけがこのままでいては、停滞に止まらず世界的な無限競争から取り残されるしかない。

盧大統領と各政党は、いくら総選挙の勝利が重要だとはいえ、経済だけはこれ以上揺さぶることがあってはならない。得票のために経済論理を無視してまで人気取り政策や公約を乱発し、集団利己主義を煽るようなことがあってはならない。そのツケはそのまま経済全般と国民に回ってくる。政府は、すぐに実効性のある具体的な政策で企業と市場が再生できるように図らなければならない。外国資本を含めて、企業が投資を憚る主な要因から解消することに政府の力を集中しなければならない。海外への投資より国内への投資がより不利なのに、国内に投資しろと言っていても始まらない。何よりも高付加価値的な働き口をさらに作ることのできる政策が急がれる。

各経済主体にも国益という視点を見失わないことが求められる。企業は透明経営と革新、そして未来のための投資により積極的に乗り出すべきだ。労組は、われの分だけを目当てにした闘争と労働運動の政治化を自粛すべきだ。すべての主体がわれの分を要求する前にわれの分の仕事を果たして、初めて共に生き延びることができる。国を変えたり、立て直す力は、究極的には国民から出るものだ。われわれはかっ藤と分裂への加担者ではなく、団結と統合への参加者として、国力の消耗を国力結集に転換させなければならない。そうして、韓国人であることが幸せで、誇らしく思える日を 早く実現させなければならない。