1950年6月25日、戦線を急襲した北朝鮮人民軍は国軍を破竹の勢いで追い込み、8月初めには先鋒師団が慶尚南道馬山(キョンサンナムド、マサン)近郊のチンドンリ峠にまで迫った。その峠さえ越えれば、釜山(プサン)までは平坦な金海(キムヘ)平野だ。南朝鮮陥落が目と鼻の先になったのだ。しかしその峠で、これまで活路を開いてきた北朝鮮の偵察大隊が、国軍の小部隊に敗れた。小規模な戦闘だったが、連戦連敗だった国軍が開戦以来初めて味わった勝利だった。お陰で洛東江(ナクトンガン)戦線の防御に必要な時間を稼ぐことができた。それ以来その部隊は「鬼の海兵」と呼ばれている。
◆さらに仁川(インチョン)上陸作戦に参加した海兵隊は、9・18ソウル奪還の時に一番早く中央庁に太極旗(テグクキ、韓国国旗)をなびかせた。その後、多くの戦闘での輝かしい戦果により、海兵隊は敵からは恐れられ、国民からは愛される軍隊になった。1960年代にはベトナム戦争に派兵され、多くの若い海兵がインドシナのジャングルで戦死した。今も優れた機動力をもつ韓国海兵師団を恐れる北朝鮮軍は、10倍近い兵力を海岸に配置している。
◆1960年代の「帰らざる海兵」という映画の高い人気からも分かるように、国民から喝采を浴びたこの部隊は、軍事独裁時代に入り試練に直面する。独特な軍人精神を持つ海兵隊の独自の指揮体系が負担になった軍事政権によって海軍に編入され、いつからか巷では「海兵隊根性(悪い根性)」という言葉がはやった。国民の関心は低下し、赤い名札をつけた兵士の士気は地に落ちた。しかし近頃、大学生の間で海兵隊の人気が高まっている。将校だけではなく兵士に入隊しようとしても何倍もの熾烈な競争のため、浪人までするという。
◆今日全世界で、韓国の海兵隊のように高学歴兵士でいっぱいの軍隊は珍しいという。若者だけではない。多くの親が世間知らずの子供を、企業は営業社員を海兵克己キャンプに送りたがる。このような熱気の理由は簡単だ。「どうせ着なければならない軍服なら、強い軍隊で若さを燃焼させる」「海兵隊に行けば、自信感がついて自分が変わる」などだ。軍に行きたくないとごねたり、理念の混乱に陥る若者が多い時代に、心を明るくさせる新鮮な衝撃だ。祖国に対する義務を回避したり理念的に混乱する者がいても、このように健全な国家観を持った野性的な若者がいる限り、韓国社会の未来は決して暗くない。
アン・セヨン客員論説委員(西江大学教授)syahn@ccs.seogang.ac.kr






