
映画「ドッグヴィル(Dogville)」が今年5月、カンヌ国際映画祭の公式競争部門に上がったとき、現地の記者会見でラース・フォン・トリアー監督は米国記者たちの質問攻めにあった。米国を題材にした3部作の第一作であるこの映画は、米国の偽善と虚飾を暴露したからだ。監督は「米国には一度も渡ったことがない。米国に対する自分の感じと知識を盛り込んだ映画だ」と話し、米国記者たちの質問に応酬していた。
1930年、米国のロッキー山脈の奥地にある「ドッグヴィル」。ギャングに追われたグレース(二コール・キッドマン)がこの町に逃げてくる。グレースの美貌に一目ぼれしたトム(ポール・ベタニ)は住民たちを説得してグレースを匿うことにする。グレースは、住民たちの信頼を得ていく。
しかし、グレースを捜す懸賞ポスターが貼り出され、警察とギャング団が町にやってくると、住民たちは残酷な本性を露呈する。グレースの労働力を搾取し、男たちの性的オモチャになることを強要する。彼女の首には、逃げ出せないように鉄の首輪がはめられる。
「傲慢は最も悪いことだ」と語るグレースの台詞のように、監督は、米国の傲慢さを非難する。ゴッグヴィルの人たちは、外見では純真そうに見えるが、グレースの弱点をつかむと、残忍な性格に変貌していく。グレースが唯一の頼みとしていたトムまでもギャングたちに買収され、彼女の居所を教えてしまう。みんなが共犯になる現実のなかで、何の罪意識も感じないドッグヴィルの住民たちを米国に喩えたのだ。
「徹底して主観的な映画だ」とは監督の言葉だが、映画のテーマーをめぐっては議論の余地が多い。しかし、演劇と小説とを結びつけた実験的なスタイルは評価に値する。倉庫の床に白線を引いて、それぞれに「トムの家」「ジンジャーの家」「エルム通り」と書き、俳優たちはその舞台の上で2時間58分を通して登場する。塀も壁もない。
監督は「人物の内面の心理を的確に伝えるために、こういうセットを考え出した」と話した。他に見るものがないため、観客が登場人物の心理に直接迫ることができるというものだ。映画は、9つの章からなる構成で、ナレーターが小説のような地の文を読み上げていく。
「ブレーキング・ザ・ウェーブ」「闇の中のダンサー」などでのように女性を極限の苦痛に追い込むトリアー監督の悪趣味は相変わらずだ。グレースが集団的な狂気のなかで崩れていく過程を見るのも、観客をさらに居心地悪くさせるだろう。18歳以上観覧可。8月1日封切り。
金秀卿 skkim@donga.com






