さすがニューヨークタイムズの対応は速かった。
5日午前、米国ニューヨーク・マンハッタンの43番街にある本社3階の編集局。ハウエル・レインス編集者とジェラルド・ボイド編集局長の辞退が発表された瞬間、記者たちのすすり泣く声が聞こえてきた。
わずか14ヵ月前、この場で沸き上がった歓声を記憶している人にとっては、あまりにも対照的な瞬間だった。
当時、ニューヨークタイムズ152年の歴史上最も多い7つのピューリッツァー賞受賞を指揮していたレインス編集者は、1969年のジェームス・レストン以降最も短い21ヵ月の在職となった。ワシントンポストは「レインス編集者は自ら没落の種をまいた」と冷ややかに評価した。
ところが、その原因を最も詳しくかつ迅速に報じたのもまた、ニューヨークタイムズだった。
タイムズは6日付の新聞に4つの関連記事を載せ、広告業界の反応と後任の人選に関する予想、レインス編集者の没落の背景を詳しく報じた。
ニューヨークタイムズは「トップダウン式の経営スタイルは多くの記者を疎外した」と書いている。タイムズによると、正午の編集会議は活発な討論の場ではなく指示を書き取る場に変わってしまい、一部の編集者らは自分たちが速記者に成り下がったようだと言っていた。
記者らは、5週間前にレインス編集者とボイド局長の寵愛を受けていたジェイソン・ブレア前記者が盗作事件を起こしたことから、公開的に批判し始めた。
スレイトドットコムによると、ニューヨークタイムズは、いかなる権力をめぐる暗闘が繰り広げられようが、外部には一切知られることのないクレムリンのような、いや、マフィア組織のドン・コレオネファミリーのような組織だった。
しかし、この5週間、タイムズの記者たちは、言論専門のインターネット掲示板の中で公開的に会社を批判した。ワシントンポストは3日、レインス体制に対する信任を表するために編集局を訪れたアーサー・サルズバーガージュニア発行人は、記者たちに冷遇されたと報じた。
タイムズは、レインス体制の問題点がスター中心の編集局の運営と第一線の記者たちに自分の議題を強いるところにあったと分析した。
タイムズによると、尊敬される記者と編集者たちが会社を離れ始めたという。結局、当初レインス体制を通そうとしたサルズバーガー発行人は、ついに「断腸の思い」で交代に踏み切った。
さらにタイムズは、地方の新聞社から1978年ニューヨークタイムズに移り、ホワイトハウス担当記者と論説室長を経て、最高の栄誉である編集者のポストに就いた、レインス氏の腕を疑う記者はいなかったと書いている。そのため、氏に反対した記者たちまでもが涙を見せた。
タイムズはしかし、6日付の社説の中で、新聞の名誉は新聞を運営する人のキャリア以上に重要であるとしている。
「根性を持って取材せよ」と別れの言葉を述べたレインス編集者は、麦藁帽子を手に小雨の降る街へと消えて行った。
洪銀澤 euntack@donga.com






