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[オピニオン]シリア

Posted April. 17, 2003 22:18,   

13世紀末マルコ・ポーロの『東方見聞録』に出てくる「カオルリ」という地名が高麗を指しているかどうかは明らかでない。それが、高麗を指す言葉だとすれば、韓国を西欧に初めて知らせたことになる。だが、中東の文献にはすでに9世紀半ばから韓国が登場する。「中国の一番端に『新羅』という山が多い国がある。その国の向こうに何があるかは誰も知らない」。漢字ではない文字で韓国を紹介した最初の文献であるイブン・ハルドゥーンの本に出てくる話だ。イラク戦争をきっかけに、イラクがメソポタミア文明の発祥地だという事実を知った人も少なくない。ところで、米国の次の標的に浮かび上がったシリアはまた、どんな国なのか聞き覚えのない人が多い。1000年前の中東の人々の韓国に対する認識とそんなに大差ないわけだ。

◆クリスチャンは多少違うかも知れない。聖書の舞台だからだ。サウルがキリスト教を弾圧しに行って、イエスの声を耳にし、使徒パウロに生まれ変わった「ダメセック」という所こそ、5000年の古都であるシリアの首都ダマスカスだ。旧約聖書の申命記にイスラエルの祖先を「遊離するアラム人」としているが、そのアラムが即ちシリアだ。新約のマタイによる福音書にも「イエスの噂が全シリアに広まると」という件がある。ダマスカスにはカインがアベルを殺した所として知られている場所もあるという。旧約のイザヤ書に出てくるアッスル(アッシリア)はシリアと隣接したイラク北部で、4500年前大帝国を興しシリアまで支配した。

◆地中海地域とメソポタミア地域を結ぶ通商の要地であり、「肥沃な三角地帯」に位置するシリアは、数多くの異民族の侵入に苦しんできた。中でも、アッシリアの統治がもっとも残酷だった。イザヤは、「彼らが獅子のように海のように唸りながら走ってきては、通り過ぎる至る所に悲しみと苦痛を残した」とため息をついたりした。「中東の歴史が世界で最も長い」という言葉のように、そこには数多くの民族の興亡盛衰と絶え間ない戦争の記録が残されている。韓国外国語大学の金定慰(キム・チョンウィ)教授の「中東史」は、「ここの居住民は生き残るためには神と人間に対抗して戦わざるを得なかった」と書いている。

◆20世紀に入って、アラブ民族主義が胎動したのもシリアだった。オスマン・トルコ帝国の下で、アラブ復活運動に火を付けたのだ。1958年にはシリアとエジプトが合弁して、「アラブ連合共和国」を樹立したこともあった。イラク戦争の渦中で、シリアが最も露骨に反米、親イラクの傾向を見せたのも、こうした歴史的な背景と関係なくはない。逆に、米国にとってもやはりシリアは目の上のこぶだった。中東にはいまだに、歴史的に古いしがらみの殺気が漂う。

林彩鋻(イム・チェチョン)論説委員 cclim@donga.com