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[社説] バグダッドの教訓

Posted April. 10, 2003 22:23,   

米軍のバグダッド占領で、最終段階に入ったイラク戦は、私たちに多くのことを考えさせる。倒れたサダム・フセインの巨大な銅像を踏みつけたり、頭部を引きずり回したりしながら歓呼するバグダッド市民たちには、過去の独裁に終止符を打つ解放戦争だ。24年間、息を潜めて暮した彼らは、初めて自由人となって、銃刀で国民を抑圧した独裁者フセインを告発している。たとえ外勢による解放ではあっても、歴史は4月9日をイラクが独裁権力から解放された日として記録するだろう。

独裁政権の手足だった軍警が消えた後、横行している略奪と無秩序はイラクの暗たんたる将来を予告する。大勢は決まったが、どうしても銃を手放すことのできない兵士や、米軍の攻撃で家族を失ったイラクの人達の胸は、依然として憤りに満ちているだろう。彼らは今回の戦争を対決の終りではなく、戦いの始まりと思うかも知れない。

混乱に陷ったイラク人だけに事態収拾の責任を負わせることはできない。戦争を始めた米国が一緒に解決しなければならない課題である。米国はイラク国民の苦痛と悲しみを慰めるために最善を尽くして、戦争前より戦後の方が良いという確信を与えなければならない。イラクの混乱と悲劇が一層大きくなれば、米国は戦争で勝ったとは言えない。

米国は予防先制攻撃の威力を誇示した。ロシア、中国、ドイツ、フランスの反対を押し切って、一方的に戦争に突入する前例を残した。国際社会の深い亀裂を望んでいないのなら、米国はこの辺で止めなければならない。イラクの再建と新政権樹立の過程では、イラク国民と国際世論に耳を傾けなければならないだろう。

北朝鮮が次のターゲットになるはずだという不吉な予想は、我々の足元に飛び散る火種と言える。米国は再度「北朝鮮はイラクと違う」と強調しているが、不安は簡単に消えない。それほど韓半島にとってバグダッドの教訓は重いものだ。今こそ北朝鮮の賢明な選択が求められる。北朝鮮が米国との葛藤を増幅させる代わりに、国際社会が望んでいる多者間の対話の場に出ることを期待する。